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高校の同級生から郵便物が届いた。中には一冊の本が入っていた。同封されていた挨拶文には、次のようにしたためられていた。 選挙の本ができました。(←クリック) 日差しの中に時折、春の気配を感じるようになりましたが、まだまだ寒い日が続きます。如何お過ごしでしょうか? 昨年の参議院選挙では大変お世話になりました。あの熱い夏から早いもので半年以上の月日が経ちました。 皆さんと潔く熱く駈けぬけた選挙の日々を文芸社より『外科医の世直し大手術〜私は負けていない!仲間たちとの選挙奮闘記』と題した書籍として出版する運びとなりました。 涙あり、笑いあり、世の中の様々な問題にすぱっとメスを・・・・・・ うまく治療できたかは定かではありませんが、熱い想いをかたちにできたように思っております。 4月1日に全国書店・インターネットを通じ、発売になりますので、友人・知人の方々におすすめして頂き、できるだけ多くの皆様に手にとって頂けたら幸いです。 今後も医療現場を通し、土田ひろかずオフィシャルホームページ『土田ひろかず〜FANTASISTA-TIGRE〜』にて、これからも“世直し大手術”を続けていきます。 メールマガジンも配信を始めます。ご興味のある方は是非ご登録お願い致します。 HPアドレス http://tsuchida.tv/index.html Mailアドレスfantasista-tigre@toranomon.or.jp 皆さんからの読書後のご感想・ご意見などお待ちしております。 2008年3月吉日 土田ひろかず この本は、昨年の参議院議員選挙に公示一週間前になって突如立候補を表明し、周囲の人間を慌てさせながらも、風のように駆け抜け、その一ヶ月程の選挙戦を通して、世直しにかけた熱き思いを、選挙日誌風に纏め上げた土田ひろかずと言う一人の男の人生のホンの1コマの物語である。 彼の参院選立候補にかける抱負(←クリック)は医療改革と教育改革。医療については私としては別の考えもあるが、、「子供を塾から砂場に戻そう」と言う彼の教育改革論には全面的に賛成だ(しかし、幼い子供が一人で砂場で遊んでいても意味はない。その前に少子化対策が急務だが・・・。)。 そう言えば数年前にも、同じように一冊の本が送り届けられたことがあった。「病院につける薬」(←クリック)である。あの時の本にも、医療改革に対する彼の熱き思いが存分に注がれていた。世直しにかける彼の熱意が失われていないことを嬉しく思った。 しかしながら、タイトルと言い、筆のタッチと言い、実に軽くて、砕けている。また、テレビ番組の『快傑ドクター』に出演したり、と、「単なる目立ちたがり屋の医者」と誤解されがちな彼の作品、もしかしたら顧みられずに終わってしまうかもしれない。そう懸念を抱いた私は居ても立っても居られず、及ばずながら、その誤解を解いて一人でも多くの人に読んでもらおうと、一本指ながらパソコンのキーを叩く気になった。 確かにそうだろう。タイトルの付け方、ウケ狙いと笑いを誘う文章の書き方と言い、テレビ出演同様、目立ちたがり屋の一人の医者の道楽と思われがちだ。だが、そうではない。この手法は、元々シャイな男・土田ひろかずの最大限の“照れ隠し”であり、自分を奮い立たせるために敢て選んだテクニックなのだと私は理解している。 彼の演劇好きもメディア露出好きも、選挙への立候補と言った一見目立ちたがり屋のような行動も、全て、時として困難の前で挫けそうになる自分を奮い立たせるためも手段なのである。 今回の本もまた、読みやすくするため、且つ、とっつき易くするため、このような一見ふざけた手法で書かれているが、その中に流れているものは、殆どの大人たちが「どうせ、どんなことをしたって変わりようがないよ」と諦めてしまったこの世の中を、少しでも良くして、後世に繋ごうと言った、あたかも孤独な駅伝ランナーが少しでも順位をあげて襷を繋ごうと言う願いにも似た彼の熱き思いである。 読み進むにつれ、高校時代の彼を思い出していた。 夢は俳優だったので、卒業後は売れない役者になったものとばかり思っていたが、いつの間にか医者になっていた。 電話では何回か話したことはあったが、卒業以来会ったことはなかった。昨年街頭演説をしているところを一度、あとはテレビで何度か見かけたことはあったが、会話を交わすような会い方をしたことはなかった。しかし、記憶に残る同窓生の一人である。 我々が通った高校は、大変にイヤラシイ学校で、科目毎に能力別クラスが編成されていた。西コース、中コース、東コースと三つのコースがあり、そのコースの中に更に2〜3つのクラスがあったが、東コースは別名“馬鹿コース”と呼ばれていた。私と彼は2年次と3年次に、この馬鹿コースに所属し、大抵の授業が同じクラスであった。“馬鹿コース”と言っても、私を除けば当時で言う国立一期や名門私立大学を出て各分野で活躍しているものが多いので、それほど馬鹿ではないと思うが、、西コースから見れば馬鹿と言う事だろう。o(>▽<)o(≧∇≦)(*^m^*) 最初に彼を意識したのは、確か2年の馬鹿コースの英語の授業だった。私の左斜め前の席で、いつも姿勢をただし、コックリコックリやっている生徒がいた。それを目ざとく見つけた意地が悪いためか生徒の人気ワーストワンの英語教師が、「ハイ、土田君、ここを約して!」と言った。誰もが、その場面に続く修羅場を思い浮かべたであろう。ところが、次の瞬間、彼はすっくと立ち上がると、その教科書の英文をスラスラと訳し始めたのである。訳し終わると彼は涼しい顔をして着席した。英語教師はバツの悪そうな顔をして、先へ進んだ。 「むむっ!この男できるな!なかなかの演技はじゃ!!・・・ティーチャー、まんまとハメラレおったわ!ヽ( ´ー)ノ」と思ったものだ。 ひょっとしたら、昨年の参院選立候補は、森喜朗元総理の「自民支持者以外は投票日には寝た振りしていてもらいたい」と言う馬鹿げたな発言に義憤を感じての、高校時代の寝た振りの罪滅ぼしであったかもしれない。 馬鹿コースには運動部に所属している生徒が多かったが、彼は演劇部だった。 毎年5月には“香陵祭”と呼ばれるこの高校最大のイヴェントが3日間繰り広げられた。金曜日・土曜日の2日間は文化祭、最後の日曜日は体育祭である。こともあろうに、「下駄履き又は革靴を着用」と、一風変わった校則で下駄履きを推奨していた事実が物語るように、バンカラを校風とする学校であったので、入学と同時に先輩達から恐ろしい野次の洗礼を受けるが、この香陵祭の文化祭・体育祭もともに、傍目には怒号としか写らないであろう野次合戦に終止したものである。そんな中で演劇部は香陵会館と言われていた今にも崩れそうな古ぼけた木造の体育館兼講堂でお芝居をやった。実際この建物の天井には、昼に食べられた串カツの残骸である竹串がダーツ代わりに無数に刺さり、また、その天井裏には悪ガキどもが隠れ吸ったタバコの吸殻がうず高く堆積していた。タバコの吸殻は湿気を吸う。年々増加するその重力に抗しきれなくなった天井板の一部が遂には落下したこともあったようだ。その当時の演劇部員は、そう言う気の毒な舞台で芝居を演じなければならなかったのである。 その年の出し物は「鶴の恩返し」であった。 鶴と爺さんと婆さんの3人しか登場しない話。部員たった3人のクラブには打って付けの演目だ。 土田の役は当然のことながら爺さんだった。案の定、芝居が始まるや否やテープ代わりのトイレットペーパーと怒号とかわらない野次の十字砲火。気の毒になるような惨状だった。しかし、そんなトイレットペーパーと野次の嵐の中でも土田は一生懸命役を演じ続けた。最後の、鶴が爺さんと婆さんに別れを告げ去ってゆく場面で、土田は「つ〜、つ〜っ!」と叫び続けた。その熱演振りに、流石の悪がきどもも一瞬静まり返り、トイレットペーパーの嵐もピタリと止んだ。 いまだに一杯入ると、「あの時の土田の演技は最高だった!」と語り草である。土田一世一代の演技であった。殆ど無視され続けた街頭演説やビラ配り、それでも挫けることなく頑張り続けた彼の「私は負けていない」と言う不屈の精神力はこの時培われたのであろう。 思い起こせば、我々が高校を卒業した年に、東大の安田城が落城した。それをきっかけにするかのように各地の砦も落とされ、反骨の志士たちは遂には浅間山荘、大菩薩峠へと追い詰められ討ち死にした。生き残ったものは中東の砂漠へ、或いは、まやかしの地上の楽園国家へと夢を運んだ。が、しかし、一昨年の重信房子の辞世の句とも受取れる「春の修羅 未完の夢を携えて 異邦人の如く裁きをまちぬ」(←クリック)で、反体制と言う言葉は死語となった。 ハシカ程度のゲバ棒担ぎ、重症の者は総括と名を変えた仲間殺しをやり、或いは外国で機関砲をぶっ放すなど、迷惑を撒き散らした反体制派の連中も、遥か昔にレッドデータブックに載り、今や絶滅したものと思われる。その手法にはとても共鳴はできなかったが、腐敗がはびこり硬直化した世の中に不満を抱く我々のような一般人も多かった。しかし、その一般人も、反骨の志士の絶滅とともに、世直しと言う言葉を胸の奥深くに封じ込めてしまった。それを良いことに、体制の腐敗はより進み、今や、あの全学連が割拠していた頃よりも、もっと腐敗し、格差の硬直化した若者が夢を抱くことのできない世の中だ。それでも、魂を抜かれた大人たちは「長い物には巻かれよ」、「寄らば大樹の蔭」と体制に擦り寄り、次の世代が夢を抱く機会を潰してしまった。人間としての心の豊かさを捨て、箱物と言う物理的なものに大金を注ぐことが本当に幸せであろうか?それを見てみぬ振りをし、結果的に巨悪ののさばるのを許した団塊の世代である自分達への反省もこめて、土田は一人、立ち上がった。風車に立ち向かう老騎士のように。本の最後の部分はそんな思いが満ち溢れていた。 土田よ、我々が心の奥底に封じ込めてしまった思いを、お前は一人で世間に訴えようとしてくれているんだな。 本当の幸せとは、莫大な税金を浪費して大して役に立たない箱物を次々に作ることではない。本当の幸せとは誰もが心の豊かさを享受できる格差のない社会だ。心の豊かさとは、子供を安心して生むことができ、その子供たちが夢を持って育まれることができ、老人が安心してきょうを過ごすことのできる社会だ。そう言う社会を実現しようと、土田は一人で切り込んだ。ハチのムサシの如く小さな槍1本で、風車に挑む老騎士よろしく・・・結果は(参院選では)敢え無く返り討ちだったが、それでもなお「私は負けていない!」と心の中で呟く。 政党に属さず、地盤・看板・鞄もなく、地元の親類縁者と同窓会だけが頼りの無名の候補。その同窓会も中学の同窓会は絶大な支援を寄せてくれたようだが、香陵63期の高校同窓生は私を筆頭に無類の選挙嫌い。そして、何事につけても醒めた学年。さぞや孤独な戦いだったろう。 しかし、「私は負けていない!」と、本のタイトルの一部にもあるように、これからも頑張り続ける意思表示として、且つ、挫けようとする自分を奮い立たせるため、この本を出版する運びとなったのだろう。 土田よ!俺は遠くから心の中で応援歌を歌うことぐらいしかできないが、我々の代表として、これからも頑張ってくれ。 この本を読むと、如何に我が国の選挙制度が酷いものか良く分かる。政党助成金初め供託金の没収制度等、政党に属さなければ立候補すらおぼつかない制度が目白押しだ。一人では何もできないのではなく、「一人では何もさせないぞ」と言う大きな力がこの国を支配している。 いみじくもビートたけしの言った古くて新しい言い回し・「赤信号みんなで渡れば怖くない」は日本国民の個人のあり方を如実に物語っている。我が国には、一人で行動しようとする人間を抹殺してしまうシステムが確立されているのだ。それが我が国の教育の現状でもある。 ※この本をインターネットで購入するにはここをクリック。 (店頭での販売は四月に入ってからとのこと。) ※土田ひろかずのメールマガジンのお申し込みはこちらをクリック。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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風さん、ジックリと拝読させていただきました。そして、ある種の感動を覚えました。なぜなら私の『思考回路にどうもいつもピタッと嵌まる=全共闘前半世代』の熱き魂、ブッチギリの青春時代をソレこそ風の様に過ごした風さんが見えたからです。頭脳明晰、時代を駆け抜ける熱き血潮etc |
ウルフのスナフ URL 2008/03/26 09:07 |
あの頃のことを思い浮かべると目頭が熱くなってきますね。あの頃はまだ、もっといい世の中を実現できると、淡い希望を持つことができた。その淡い希望のため、時代の流れに翻弄されて愚かにも突っ走ってしまった者達も多かったのでしょう。こんな時いつも堀内孝雄の“愛しき日々”を思い出します。もう少し時代がたおやかであったなら・・・と。(^-^ ) |
風 URL 2008/03/26 11:08 |
風さん、コンバンは〜 |
はな 2008/03/26 18:51 |
早速のご注文ありがとうございます。ヽ( ´ー)ノ |
風 2008/03/26 19:26 |
難しい事は よくわからない私ですが・・・ |
mana 2008/03/26 23:38 |
ねえ、多くの国民がそう考えると思うし、政治とはそれを実現するためのものなんですが、政治家の多くは・・・特に族議員達は自分達の権益を守ることにのみ熱心で、国民のことなんて考えてないんですよね。 |
風 2008/03/27 00:38 |
土田ひろかず先生、素敵な方ですね! |
三島 2008/03/27 08:15 |
どうも、応援ありがとうございます。 |
風 2008/03/27 09:18 |
風さんをはじめ皆様の心温まるメッセージを頂き、大変感激しております。 |
大手術を夢見た男 土田より URL 2008/03/30 22:49 |
よ〜、これはこれは怪傑・土田ドクター、お久しぶり。ヽ( ´ー)ノ |
風 2008/03/30 23:09 |
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