風の気のままに記

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zoom RSS ドイツと日本の違い

<<   作成日時 : 2015/02/15 10:45   >>

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 ドイツ在住の同級生から届いたメールに興味深い現象についての記述があったので、いつかそのことについて考えてみたいと思い、こちらに転載し記憶にとどめることとする。


 日本は人質事件のことで多分大騒ぎだと思います。こちらもフランスやウクライナでの問題だけでなく、ドレスデンで「ペギーダ運動」なんてのが出てきました。
 “反イスラム化”運動「ペギーダ」は主に元東ドイツのドレスデンを中心に広がっています。モスレムの人口に占める割合が西側に比べてずっと低いにもかかわらずです。これは、“反イスラム化”運動というより外国人排斥の動きだと思います。
 ドレスデンあたりには私も何回か行っています。外国人排斥の傾向があることは私も何回も経験しています。

 東西ドイツが統合されても、元東独だった地域でナチ時代の反省がなされたと言う話は聞いていません。
 西では、1968年に若者たちが立ち上がり、両親たちのナチ時代を追及したのを契機に、二度と過ちを繰り返さないようにということで、社会全体が民主化しました。ナチの反省は今でも続いています。

 東独では、外国人はなるべく隔離するような政策を執っていたし、「自分たちは新しく建国したのだから、ナチドイツの責任を負う必要はない。」という考えでした。
 壁が落ちたあともそのままで、特に意識して政治教育に力を入れることもなかったのだと思います。

 東西ドイツの状況を比較すると、民主化のためには、「戦争の反省」がとても大切だということがはっきりします。それから、民主主義は常に注意して勝ち取っていかないと、あっけなく全体主義にやられてしまうものだということも。

 フランスは植民地をたくさん持っていたので、そこから移住しているモスレムも多く、その人達はイスラエルに反感を持っているはずなので、ユダヤ人も多いこともあって、対応が大変だろうと思います。

 イギリス、フランス、アメリカは、石油確保のために、イスラム諸国を植民地にしたり、国境を勝手に仕切ってしまったり、都合のよいような傀儡政権をたてさせたり、武器をそれぞれに売ってお互いに戦わせたりと、この百年の間に中東をメチャクチャにしてきました。その結果が「ISIL」のような形で現れても不思議はない気がします。

 他文化や他民族を下に見ているから、他国を「植民地にしてもかまわない」なんて考えていて、ちっとも反省しないのでしょう。

 ヨーロッパ文明はイスラム文明に負うところが実は大きかったとのことですが、だからこそ、ヨーロッパ人はイスラムに否定的になっているようです。歴史的に日本が中国や朝鮮に負うところ大であったのに「反中・嫌韓」であることと似ているようです。こういう傾向からは決してよい結果は生まれないと思います。



 文中に「西ドイツでは、1968年に若者たちが立ち上がり、両親たちのナチ時代を追及したのを契機に、二度と過ちを繰り返さないようにということで、社会全体が民主化しました。ナチの反省は今でも続いています。」とあるが、1968年当時の若者と言うと、丁度日本では団塊の世代と言うことであろうか?我々と同年代である。
 あの頃、日本では全学連がまだゲバ棒を担いでいた。ドイツではその当時、若者の追及を親の世代が真摯に受け止め、真の民主主義を実現したのだろう。しかし、同時期、日本では若者の主張にその親の世代が耳を傾けることなく、寧ろ、機動隊でねじ伏せ弾圧した。その結果として連合赤軍のようなカルトのような集団が生まれてしまったのではなかろうか?・・・一説には、イラクへのアメリカの介入(弾圧)がカルトのようなISILが生まれる契機となったと言われているが、なるほど頷けないこともない。その似通った部分にとても興味を覚える。
 無差別殺人ともいえる空爆は標的以外の人々も巻き込み、憎悪と復讐心を生むだけである。その結果が報復となり、そのまた報復として地上戦へ発展し、報復は報復を呼び、大量殺戮の連鎖を呼んでいる。最早、戦争と言うよりも単なる殺し合いに過ぎない。人として末期的な症状だ。明らかに人類は自滅への道を突き進んでいる。

 メールの送信者は、同じドイツであっても、戦争に対する反省がきちっとなされた旧・西ドイツ地域と、そうでなかった旧・東ドイツ地域では、社会に対する姿勢に明らかな違いがあると指摘している。

 日本では、戦争に対しても原発に対してもついぞ反省がなされてこなかった。
 70年前、悲惨な戦争があり300万人もの同胞が犠牲となったこと、そして、他国に侵略し数え切れない人々に迷惑をかけたことなどなかったかのように、今再び軍備を増強し、アメリカと運命を共にする同盟を結び、周辺諸国に不安と緊張を与えようとしている。
 また、まだ4年も経っていないのに、福島の悲惨な原発事故なんてなかったかのように再稼動に躍起となっている。
 この狂気は尋常ではない。国民の多くと政治家の殆どが、反省もせず、それが当たり前のことで、原発に反対する人&軍国主義に反対する人をまるで非国民のように非難するこの国は狂っているとしか思えないが、それが現実となってしまった。
 ドイツで起きている現象は、反省がなされたかそうでなかったかの結果の違いを如実に証明しているように思える。日本では、反省がなされなかったその結果が今の政府の暴走を許しているとしたら、教育が人類存続にいかに大事なことであるかがわかる。

 今度機会があったら、1968年当時ドイツでは何があったか?そして、どのように反省がなされたのかゆっくり訊いてみたいと思う。


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