風の気のままに記

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zoom RSS 日本の防衛について

<<   作成日時 : 2015/05/27 14:46   >>

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 白波の 寄そる浜辺に 別れなば
 いともすべなみ 八度(やたび)袖(そで)振る
   (詠み:大舎人部祢麻呂)
 防人の任に就くため舟で、家族と暮らしていた地を旅立ったのだろう。白波が寄せる浜辺で別れたなら、別れを惜しんで何度も何度も袖を振る。

 道の辺(へ)の 茨(うまら)のうれに 延(は)ほ豆の
 からまる君(きみ)を はかれか行かむ
   (詠み人:丈部鳥)
 丈部鳥(はせつかべのとり)と言う男が防人の任に就くため旅立つ時、道端に咲く「うまら(ノイバラ)」の先に絡まる豆の蔓ように、妻がしがみつき「行かないで・・・」と懇願した・・・だが、悲しみをこらえ防人の任地に赴かねばならない。

 韓衣(からころも)裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして
 韓衣は防人が着用した袖の太い唐風の衣服らしい。その裾にしがみつくいて泣く子どもを置いてきてしまった。母親も死んでしまっていないにもかかわらず・・・身につまさらる、と言うか胸を締め付けられる歌だ。

 中学生時代、社会化の授業で習った防人について思い出した。
 防人とは、任那に日本府を置くなどして大陸への野心をあらわにしていたであろう大和朝廷が663年、白村江の戦いで、唐・新羅の連合軍に大敗し、その後、唐が攻めて来るのではないかとの憶測に陥り、罪もない庶民を徴用し北九州防衛の任につかせた我が国最初の徴兵制度とも言うべきものであったのだろう。主に東国の民が徴用されたようだが、東国から九州への旅は、当時としてはそれは過酷なものであったろう。途中で行き倒れてしまう者も数知れず、たとえ、九州に辿り着いたとしても3年もの間、家族と離れ離れにされ、それは悲惨な歴史であったと思われる。
 しかし、唐は攻めては来なかった。もし、大和朝廷が半島に日本府を置かず、大陸への野心を顕わにしなかったなら、幻の唐の来襲に怯えることもなく、従って、無駄に庶民を苦しめただけの防人の制度も必要な方であろう。唐が攻めてくると言う被害妄想に陥ったのも、元を正せばこちら側に大陸侵略の野心があったからに他ならない。
 冒頭の三首の和歌は防人歌として残されたものであるが、攻め寄せる敵の幻影に怯え、戦争に備えるということはこんなにも悲惨なことなんだよと、日本人の祖先が現代の我々に残したメッセージのようにも思える。
 しかし、その教訓は生かされることなく、時代はずっと下って豊臣秀吉の朝鮮出兵、そして、明治に入り、薩長政府による富国強兵策により、日清&日露と戦争を繰り返し、第一次大戦時にもどさくさに紛れて大陸に進出、遂には第二次世界大戦で300万もの同胞の犠牲を強いた歴史が繰り返されてしまった。これら全ての戦争の主戦場は日本の領土ではなく外国の領土で行われた。いずれもこちらから仕掛けたと言っていいだろう。昨今の政情を見るにつけ、つくづく日本と言う国は、古代から侵略が好きだったのだなと思わざるを得ない。残念なことである。
 今将に、国を挙げての国防論議の最中である。こちら側に侵略の野心がなければ普通そう言う考えは起きない。お互いに侵略の野心を捨てれば、双方とも防衛費に途方もない予算をつぎ込む必要はないのだ。

 武力に対してはそれを上回る武力を備える。それが抑止力だというが、1500年も昔の日本人もそう考えて防人の制度で民を苦しめた。そして21世紀の今、その考え方に少しも進歩は見られず、同じ過ちを繰り返そうとしている。世界ではつい最近まで西と東で果てしない軍拡競争があり、その莫大な軍事費に経済は喘ぎ、軍縮会議を繰り返していたのだが、我が国の為政者どもはそこから少しも学ぶことはなかったのだな。まあ無理もなかろう。勉強ができなかったことで有名な男が采配を振るっているのだ。歴史も勉強しなかったのであろう。また、世界の情勢を分析するなんてこともできるはずもない。
 馬鹿はどこの国にでもいる。またいつの時代にもいる。しかし、その馬鹿を国民の過半数が支持する国は珍しいだろう。最近ではドイツがヒットラーを支持した例があるが・・・。

 大事なのは戦争に備えることではない。その戦争が起こらないようにすることだ。智恵を出せ。最大の抑止力は互い友好関係を結ぶことだ。最大の抑止力は外交である。
 だが、残念なことに、今の日本は無理にでも敵を作り、戦争を呼び起こそうとしているとしか見えない。
 敵の幻影に怯え、膨大な軍事費を費やし、防人の時代のように国民を苦しめるのか?それを国民は本当に支持するのか?知恵を使え!敵を作らなければ過剰な防衛の必要はないのだ。
 1500年前と少しも進歩がなくていいのか?
 戦争に備える努力よりも、その戦争が起こらないようにする努力の方がはるかに大事なことだ。
 武力で備えることは抑止にはならない。寧ろ敵の先制攻撃を呼び込むだけである。智恵を出せ!今の日本の状況では外務省は必要ない。そんなに武力を増強したいならいっそ外務省を廃止せよ。
 そうでなかったら、武力ではなく外交力で国際紛争を解決すべく努力せよ!


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