「七重八重 花は咲けども山吹の 実の一つだに 無きぞ悲しき」について

 先だって、「七重八重 花は咲けども山吹の 実の一つだに 無きぞ悲しき」(←クリックして下さい)について、疑問に思うことを、気のままに書き連ねたところ、拙者の幼稚な発想にもかかわらず様々なご意見をいただき感謝の念に堪えない。
 実に中学一年の時からであるから、随分と長い間疑問を抱えたままであったことに気付いたわけだが、この辺でこの疑問に終止符を打っておきたい。

 当初、私同様に、「園芸種の八重の山吹が平安時代にあったとは考え難い。イチゴの花やキイチゴの花が重なって咲いているところを良く見かけるが、そんな様が八重の花に見えて、思わず詠んだ歌ではないか?」と考えている人もいたが、「花咲きて 実は生らぬとも 長き日に 思ほゆるかも ヤマブキの花」と万葉集にもあるところを見ると、八重の山吹の存在はかなり古くからであったことは最早否定できない。とすると、やはり某“はなせんせ”の「・・・平安時代に現代のような遺伝子組み換えで、特性をもった園芸品種を作り出すことはできなかったでしょうが、自然界や栽培途中の植物群から、突然変異を見つけ出し それを繁殖して園芸品種を作り出すことはできたのではないでしょうか。勿論 種子は出来ないわけですから、人の手で株分け、挿し木、取り木といった方法でです。武家や町人たちはあまりの美しさに株分けして自宅に持ち帰えり、鑑賞価値のある八重咲きが広まったということ(^-^) 八重ヤマブキはバラ科ヤマブキ属。日本各地の湿った斜面に野生するヤマブキは花びらが5枚の一重咲きです。その雄蕊が花弁化し、雌蕊が退化して八重咲きになった園芸品種が七重八重と詠まれた八重ヤマブキでは?」との説が一番適切であろうと拙者は一人納得したのである。

 残る疑問は、貧しい農家の娘が太田道潅をも凌ぐ教養を身につけていた一点になるが、結論としては・・・昔は、良い政治が行われていたため、貧しい農家の娘ですら、和歌をたしなみ、園芸種の八重の山吹を栽培する余裕があった。今は政治が悪いので、中流・上流であろうが、それだけのゆとりを物心両面で持つことができず、政治・行政一体となった銭の花を咲かせるための利権争いに巻き込まれ、人々は山野に花を見ることなく、あちこちの政治・行政機関に咲く仇花を見るばかりである。

 このような時勢で暮らしていると、盛唐の詩人・張謂の「題長安主人壁(長安の主人、壁に題す)」は蓋し名言と謂わざるを得ない。また彼が生きた時代は、我が国初の貨幣・和同開珎鋳造から半世紀ほどの頃。その頃既にここまで悟っていたかと思うと驚愕せずには居られない。

世人結交須黄金
黄金不多交不深
縦令然諾暫相許
終是悠悠行路心

せじん まじわりを むすぶに おうごんをもちう
おうごん おおからざれば まじわり ふかからず
たとい ぜんだく しばらく あいゆるすとも
ついに これ ゆうゆうとして こうろのこころ


 この漢詩も、中学一年の時の英語教師・ミスター・サエグサに習ったものであるが、そう言えば、この日本と言う国、かつてはアメリカさん一辺倒で中国なんて見向きもせず国交断絶状態。それが今や東のアメリカに手を摺り合わせ、西の中国にぺこぺこ。チベット人の人権も、イラク人の生命の尊さもオッパッピー。これ全て黄金のためである。
 そう言えば、ちょっと前まで防衛省の天皇とまで謳われ、何百回ものゴルフの接待を受けておられたあのお方は今やどうしておられるのであろうか?もう金にならないと悟るや、最早相手にする武器証人も居ないのであろうな。
 商業主義の五輪にも、最早平和の祭典の面影はない。

 http://kazenokinomamaniki.at.webry.info/200804/article_8.html
 こちら↑に続きますので、よろしかったら続けてお読みください。


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この記事へのコメント

  • hana

    長い間の疑問に終止符が打たれて宜しゅうございました。
    私も同感です。子供の頃庭の片隅に咲いていた八重ヤマブキの花を
    思い出しました。あの時は何も考えずに眺めていただけですけど(^^)
    2008年04月28日 09:23
  • ええ、おかげさまで、漸く納得が行きました。(^-^ )
    それにしても最近八重の山吹は見かけなくなりましたねえ。
    2008年04月28日 09:45
  • 雪ん子

    疑問を解き明かす楽しみを味わいましたけれど
    中途半端のままですので消化不良の感もありますょ。
    風さん 本当に納得されましたか?


    2008年05月01日 22:35
  • う~ん、(;-_-;)  こ、これは手厳しい。(・_・) 流石ですね。
    まだまだ・・・ですか。

    でも、「・・・自然界や栽培途中の植物群から、突然変異を見つけ出し それを、人の手で株分け、挿し木、取り木といった方法で繁殖させて園芸品種を作り出すことはできた・・」とする件は否定できないでしょう。というよりむしろこれしか考えられない。残る疑問は、飛行機も電車も自動車もなかった時代に良くぞ全国的に広まった、ですが、これとても、日本武尊や坂上田村麻呂の情報収集能力、また、それらよりも時代はずっと下っても交通手段や情報伝達の手立てに大した差のなかった松雄芭蕉の足跡などを考えると、昔の日本人のインフォアメーションに対する意欲って物凄く躍動感に溢れていたんだなと驚嘆せざるを得ないということではないでしょうか。その情熱は貧しい農家の娘にも及んでいた。現代人は素直に、このことに敬服し見習わなければいけないのでしょうね・・・と、ほぼ納得です。(^-^ )
    2008年05月02日 08:03