「海賊と呼ばれた男」と「永遠のゼロ」とアベノミクス

 アベノミクスの原動力となったとの触れ込みの読み物「海賊と呼ばれた男」を読んでみた。なるほど・・・今をトキメク本屋大賞受賞作家だけあって見事な描写だ。ジャンルは「劇画風立身出世読み物」とでも言おうか?読者のお涙を頂戴しながら書き進められており、蟹工船のような現場を持った会社の社長を巧みに美化し、経営者たるものこうあるべきと読者を洗脳するに充分な出来栄えである。お見事!これならばシンプルな脳味噌を持った読者をして、涙を流して感動させ、アホノミクスに突っ走らせるであろう。経営とは社員の安全や健康に無駄な金をかけることなくいかにこき使うかだと。
 小林多喜二は蟹工船を著したが、それは、当時の労働者のおかれた悲惨な状況を描き出し、搾取される労働者の悲哀を世に訴え、その是正を試みるものであった。対する「海賊と呼ばれた男」は同じ労働者の過酷な現場を巧みに描きながらも、人情味豊かな経営者像を装って社員の目を欺き社員を従順に仕立て上げ、経営者とはこうあるべきだと言わんばかりの読み物である。
 なるほど(特に石油タンクの底さらいの場面では)、これならば使用人をとことんこき使い、できうる限り搾り取ってやろうと、格差拡大を試みる強欲主義者にとっては聖書のような存在である。アベノミクスの原動力とは言いえて妙だ。
 ノンフィクションとの触れ込みであるが、そうではないと信ずる。モデルとなった出光佐三氏の人間像がかなりゆがめられてて書かれていると思っている。百田にモデルとして取り上げられたことが、出光佐三氏には寧ろお気の毒である。
 実際の出光佐三氏は、決して搾取家ではなく、富の再配分を真摯に考え、何よりも家族の情愛を大切にした平和主義者であったと信ずる。
 故に、「海賊と呼ばれた男」は多分にフィクションであると推察する。実に厭らしい書きっぷりだ。(笑

 実は「海賊と呼ばれた男」の前に「永遠のゼロ」を読んだのだが、不覚にも号泣してしまった。最初から最期まで顔がくちゃくちゃになるほど涙を流しながら読んだ。これもまた見事な「劇画風戦争美化読み物」である。子供の頃、少年サンデーだったか少年マガジンだったか忘れたが、このようなゼロ戦を扱った劇画があったような記憶がある。
 「海賊と呼ばれた男」よりもむしろ「永遠のゼロ」の方が読み物としては面白いし、サービス精神旺盛に書かれている。ゼロ戦の空中戦あり、海戦あり・・・その描写が余りに見事なので、これならば軍国少年を夢中にさせる魅力があるだろうなと思いながら読み進み、もしかしたら、この本は危険だと思い始めた。そして、読者に対するサービス満点の最後の任侠シーン・・・これはいただけない。更に、その任侠シーンを演じた男が主人公の部下で、その主人公である夫を戦争で亡くし、悪い男に騙され囲われものにされている女性を救い出すために演じた意趣返しのようなシーン・・・ここまで話を作られると流石に辟易であるが、しかし、これもまた、シンプルな脳味噌をもった軍国少年の読者を熱狂のあまり、迷彩服を着て喜ばせたり、戦車に乗り込んで歓喜させるに十分なできばえである。いずれの読み物も優れた描写だけに実に危険な読み物と言えよう。

 しかしながら、私が見事な描写と言ったのは小説としてではなく、レポートとしての意味である。これでもかこれでもかと言った具合にシーンの説明を加えた彼の文章は、幼稚園児から大人にいたるまで寸分も違わぬシーンを頭の中に描かせるであろう。つまり誰もが疑いもなく同じシーンを連想し、登場人物たちの考え方&感じ方も寸分の狂いもなく同じことを思い浮かべざるを得ない見事な描写と言うことである。
 優れた小説・・・例えば、山本周五郎の小説だと、読後に余韻と言うものが残る。また、読んでいる最中であっても、この主人公はこう考えているのかな?或いは、こうしようとしているのかなと読者を散々惑わせてくれるものであり、またその連想は読者によっても異なるものである。つまり、読者の想像力を逞しくしてくれるのであり、それが読書の楽しみでもあるのだが、百田の読み物は、それを許してくれない。言い換えると、百田の読み物は、読者から想像力を奪い、勝手に想像することを許さないのである。読んだ者、誰もに、作者の意図したことが伝わるように書かれている。これは作者の読者に対する強制であり、忌々しい限りの書きっぷりである。これらの理由により、私は百田の作品を小説ではなく読み物と位置づけたのである。
 それらのことは、恐らく、山本周五郎の「ながい坂」あたりに感化されて書いたであろうと思われる「影法師」を読めばよく分かる。

 どうして態々自ら二流三流に貶める書き方をしたのだろう?・・・それはやはり彼の人間性に他ならない。よほど自分に自信がないのだろう。だから、自己を粉飾するためによく喋る。喋りすぎるのでベストセラー作家としても重みは微塵もない。それがそのまま作風に表れ、自分の意図したことがそのまま読者に伝わるようにくどくどと描いてしまうのであろうと考えられる。
 多分、凄く臆病な人物なのであろう。或いは、子供の頃はいじめられっ子だったかもしれない。彼の持論である「強大な軍備を整えておかなければ他国に舐められる」と言う過剰なほどの防衛意識はそういったトラウマが原因かもしれない。
 奇しくも、出光佐三氏の思想・心情を著した書・「マルクスが日本に生まれていたら」の(一)の(6)「日本の家族主義について」の中に、「いじめられて育った子は疑い深く人を信用しない。」と明快な答が記述されている。

 蛇足ながら、「永遠のゼロ」を家族愛に溢れたヒューマンドラマととらえた読者からは顰蹙を買うであろうが、敢えて書き加えたい。これは決してそうではなく、日本男児たるもの、家族へのこれほどの想いをも断ち切って、お国のためなら命を投げ出さなければならないと言う、右翼思想家にありがちな美意識の発露と私はとらえている。



 後に、百田はtwitterで次のように、誠に不見識極まりない発言をし、自ら、いたずらに戦争が好きなだけの極右作家であることを物語り、「永遠のゼロ」や「海賊と呼ばれた男」で漂わせたヒューマニズムが完全に偽装表示であったことを証明した。
画像

 すごくいいことを思いついた!もし他国が日本に攻めてきたら、9条教の信者を前線に送り出す。そして他国の軍隊の前に立ち、「こっちには9条があるぞ!立ち去れ!」と叫んでもらう。もし、9条の威力が本物なら、そこで戦争は終わる。世界は奇跡を目の当たりにして、人類の歴史は変わる。
             https://twitter.com/hyakutanaoki/status/386872777426210816

 冗談にしては、聞くに堪えない実に低俗極まりない発言である。
 憲法九条を、つまり平和を愛する人たちを前線に配置し、これを盾として自分はその後ろで小さくなって震えていたいと言う意味なのだろう。


 こんなはしゃぎ過ぎなシーンも貼り付けておこう。人間としての品格が問われる。
          


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