鎌倉・瑞泉寺

 春とは名ばかりの2012年3月8日、鎌倉は瑞泉寺を尋ねた。  山門に「腹にある家動かして山笑う 虚子」とあった。  大震災を詠んだ句ではないが、あれから一年。ゾッとしなくもない。┐( ̄ー ̄)┌  住職は俳句ファンのようである。尋ねる度に違う俳句が掲げてある。  今回は高浜虚子の腹にある家動かして山笑う  しかし、山笑うほどの春はまだ遠かった。ましてや腹に在る家動かすほどの豪快な春はまだまだ先のこと。  おかげで、人影も少なく、半開にも満たぬ梅じゃが独り占めじゃ!(笑  じっと春を待つ境内をそぞろ歩く。  下の画像をクリックすると大画面のスライドショーでご覧いただけます。  クリックしたら、画面下のデスクトップのマークをクリックして、フルスクリーンモードでご覧下さい。           

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江ノ島・常立寺の枝垂れ梅

 以前から気になっていた江ノ島の常立寺を尋ねる。  枝垂れた艶やかな梅の花の姿を、一目見てみたいと思っていたが、いつの間にか3月8日。観光案内では見ごろは2月下旬となっていた。当然のことながら、花期を終え、みすぼらしい姿を眼にすることになるだろうと思いながら尋ねたが、何と!待っていてくれた。それどころかまだ早すぎる程。  昨年、あんなに酷い仕打ちをしてしまったため、自然界が春を躊躇っているのだろうか?  江ノ島に、躊躇いがちの春が来ていた。  下の画像をクリックすると大画面のスライドショーでご覧いただけます。  クリックしたら、画面下のデスクトップのマークをクリックして、フルスクリーンモードでご覧下さい。           

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表参道

 ちょっと表参道へ・・・なんて言うと、口の悪い友人には、「ええっ!何を血迷ってるの?あんたの行くところはジジババの原宿と言われている巣鴨のとげ抜き地蔵でしょう!」とやられそうだが、友人の出演するコンサートが表参道であったので仕方がない。この日ばかりは堂々と表参道へ。(爆  やはりハイセンスな街はいいね。  実年齢はそうは行かぬが、気持ちだけちょっと若返って、暫し表参道を満喫しよう。  さて、そろそろシンデレラがカボチャの馬車に乗って到着する頃だ。  時期も丁度ヌーボー解禁の翌日でもある。イタリアンで食事してコンサートに出かけるとしよう。    ここで、表参道ヒルズ地階のイルミネーション、動画でじっくりご覧ください。      夜も大分更けて来た。  そろそろお迎えの馬車も来る頃。  大画面のスライドショーで、もう一度お楽しみください。 下のデジブックのサムネイル画像の上でクリックし、開かれた新しいウィンドウの画像下右端のデスクトップのマークをクリックし、フルスクリーンモードでご覧ください。  重いファイルのためダウンロードに少々お時間がかかります。    

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秋・雨に煙る上高地

 例年であればきっと寒さにガチガチになったであろう11月6日、カッパの下は汗ばむ陽気。 そんな異様な温かさの中、雨に煙る梓川を横目に大正池から明神池まで歩いた。  大画面のスライドショーで、もう一度お楽しみください。  下のデジブックのサムネイル画像の上でクリックし、開かれた新しいウィンドウの画像下右端のデスクトップのマークをクリックし、フルスクリーンモードでご覧ください。  重いファイルのためダウンロードに少々お時間がかかります。

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晩秋の中山道を馬篭宿から妻籠宿まで歩く

 暑くなったり寒くなったり、おかしな陽気。出かけるには着るものに随分と悩まされる。おまけに天気予報では雨具の用意も必要のようだ。荷物は1gでも軽くしたい非力な男には酷な陽気だ。(爆  それでも、一日目はなんとかもった。  晩秋の中山道を馬篭宿から妻籠宿まで歩いてみた。  異様な温かさに紅葉はイマイチであったが、古き良き街並み等、日本の原風景を堪能。  大画面のスライドショーで、もう一度お楽しみください。  下のデジブックのサムネイル画像の上でクリックし、開かれた新しいウィンドウの画像下右端のデスクトップのマークをクリックし、フルスクリーンモードでご覧ください。  重いファイルのためダウンロードに少々お時間がかかります。

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「古賀茂明さんと日本再生を考える会」(現代ビジネスUSTREAM)を見て。

 5分35秒過ぎ位からご覧ください。  流石の古賀さんだが、官僚と政治家の腐敗具合には精通していても、TPPに関しては怪しいもんだ。尤も、我が国には原子力の専門家は居なかったのと同様、TPPに関しても精通した人間は皆無。  分からないことには距離を置いた方が良い。急いては事をし損じる。  何も急ぐ必要はないのだ。向こうが土下座しないまでも、是非参加してくださいと言ってきたら、いろいろ条件を付けて考えれば良い。  古賀さんも言っていたが、前原議員が「交渉の座について途中で抜ける選択肢もある。」と発言したら、テレビで親の威を借りた二世議員が、「途中で抜けるなんてことは外交上あり得ない。常識を逸脱している。」なんて吠えてたが、そんなことはない!不都合であれば途中で抜けることは外交上なんら問題ない。しかし、アメリカ主導のTPP交渉に参加して、不都合だから途中で抜けますと言えるだけの気概をもった政治家や外交官が、今、我が国に居るとは思えない。  BSE問題、地位協定、基地問題等々見れば分かる。我が国の都合を言える政治家&外交官は皆無じゃ。つまり、TPPも交渉の座につけば、イコール、アメリカの言いなりになると言うことじゃ。遺伝子組み換え農産物、BSE汚染肉、農薬漬け作物、何でもOKじゃぞ!  国際連盟を脱退した頃の大和魂を持った政治家や外交官は、今は我が国にはおらん!止めとけ!(爆  川柳一句出来ました。  吠えまくり 親の威を借る 二世議員  二世は偽とひっかけてニ…

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前内閣官房参与・田坂広志氏の講演(2011年10月14日)

 むしろ、原子力推進の立場に立っていた一人の人間が、今、反省を籠めて福島原発事故とその影響に真摯に向き合い、原発を推進して来た国の国民として、我々がそれをどう捉え、どう考えて行くべきか、そのヒントを与えてくれる講演である。  実に良く整理された分かりやすい話に感服。  一人でも多くの人に聞いていただきたい話である。原発推進派も容認派も脱原発派も反原発派も・・・。  一時間程かかるが、その価値は充分にあり、あまりある。  最後に、「国民の賢明な判断を信頼する。言い換えれば国民の叡智を信頼する。そこからこの国の真の改革が始まる。」と結んだ所が感慨深い。

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青島広志コンサート&トーク~4大テノールの饗宴

 友人が出演するコンサートの宣伝を少々。  歌う弁護士とか歌うドクター等々、多才な友人が多くいて、楽しませて貰っているが、今回は歌うドクター。  中学・高校時代、課外活動で音楽部に所属し、歌の魅力にとりつかれ、大学の医学部に進んでもその情熱は冷めやらず、自ら学内合唱団を設立すると言う熱の入れよう。  現在の本職は脳神経外科医であるがまだ歌っている。(笑  長年にわたる地域の救急医療への貢献が評価され、先頃、本年度の厚生労働大臣賞を受賞した熱海の所記念病院の院長として、プレーイングマネージャーの激務をこなしながらも、尚も、オペラへの情熱を捨てきれず、青島広志氏の主催する青島広志コンサート&トーク~4大テノールの饗宴への出演も今や恒例となった。  ドラマティックテノールとして4大テノールの一角を担うのだが、青島氏の解説によると、ドラマティックテノールは日本人では希少とのこと。  毎年、押し迫った11月に開催されているが、青島広志氏の軽快且つ分かりやすい音楽解説との共演は楽しみな行事の一つである。今年は11月18日に開催される。一見の価値ありと言うより必見。  また、クリスマスの時期には、自身の病院内で、入院患者向けにコンサートのサービスも行っており、患者さんたちにも愛されるドクターである。  青島広志コンサート&トーク~4大テノールの饗宴  11月18日(金) 19:00開演(18:30開場)  カワイ表参道 コンサートサロン パウゼ  入場料:3500円(ドリン…

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全国の自治体よ、牧之原市議会に続け!

 2011年9月26日、浜岡原発の地元市の一つである牧之原市の市議会が県内で初めて「浜岡原発の永久停止を求める決議」を可決した。  英断である!  「確実な安全・安心が将来にわたって担保されない限り」と言う文言は必要なかったが、市長が「どんなに地震や津波対応をしようと100パーセント確実に事故が起きないというものではない。再稼働は認められない」と言い切っているので、議会と市長の素晴らしいコラボレーションに満点を付け、惜しみない賛辞を送りたい。  それにしても素晴らしい議会であり、最高の市長だ。何よりも市民の安心・安全を考えての英断である。これでこそ住民のための地方政治であり行政だ。良識ある脱原発を願う国民の思いを全て言いきってくれたような爽快さを覚える。  それに引き換え、我が沼津市はどうかと言うと、栗原裕康市長は、9月26日の市議会で、核兵器廃絶平和都市宣言を持つまちとして、中部電力浜岡原子力発電所への廃炉への見解を尋ねた梅沢議員の質問に対し、「核兵器は地球にあってはならないが、原発は百害あって一利もなかっただろうか。豊富な電力が経済発展に大きく寄与している。沼津市として、浜岡原発は廃炉すべきとの結論には至らない。」と相変わらずの化石のような硬直した考えを示したが、冗談じゃない!「沼津市」としてはではないだろう。「栗原氏個人」としてはだろう。勝手に沼津市の見解とされては市民として甚だ迷惑である。百害もあって一理しかないのなら当然やめるべきだ。あの悪魔の産物によってどれだけ大きな犠…

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NHK ETV特集・原発事故への道程

 昨日(9月18日)のNHK・Eテレ(昔の教育テレビ)の番組・「シリーズ 原発事故への道程 前編 置き去りにされた慎重論 」は、いい番組でした。  よく「経済性優先、安全軽視」と言う言葉が使われますが、それどころか、安全性無視で我が国の原発行政が進められてきたことが如実に分かります。  「安全性なんてことを研究されたら、いかにも原発が危険なものと思われちゃうじゃないか。」と、笑いながら喋る原発推進者たち。当初から安全と言う言葉をかき消してしまった原発行政に愕然とします。  また、原発が火力よりもコスト高になると進言した通産官僚を、「こっぱ役人は黙ってろ!」と一喝した正力松太郎原発大臣の恐るべき野望、驚愕です。その正力松太郎の野望は今もなお読売新聞に受け継がれてるんですな。  多くの人に見てもらいたい番組です。  後編は9月25日(日)夜10時です。シリーズ 原発事故への道程・後編 安全神話の誕生  また、NHKオンデマンド(見逃し番組)で9月19日(月)午後6時から2週間配信されるそうです。 http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2011/0925.html

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映画「エクレール・お菓子放浪記」

 9月11日の昼前、知人から電話が入り、今夜、お菓子放浪記の試写会があるから出て来いとのお誘い。  「ええっ!きょう?」急な誘いに一瞬戸惑ったが、好きな映画がただで見れるなら、こんないい話はない。原作者の西村滋は四半世紀ほど前、沼津に住んでいて、一緒に反戦運動をやった仲だ。それにサイン入りの初版本をプレゼントしてもらい、どこかにしまってあるはず。確かその頃、テレビの連ドラにもなっていた。断る理由はなかった。その後、静岡に転居され随分と久しい。  四半世紀ほど前に、7万2千余筆の署名を集め、沼津市議会に対し、「非核都市宣言」を採択するよう請願したのだが、その時の運動母体・「さよなら核兵器の会」の代表になってもらった人物である。あれは見事に失敗であった。7万2千余の市民の気持ちは無残に踏みにじられ、こともあろうに市民の請願でなく市長提案に切り替えられ、その上請願の目的まで、「非核」でなく「核兵器廃絶と平和都市宣言」にすり替えられてしまった。市民の請願は門前払いとなり、市長提案で1987年3月、その前年のチェルノブイリ原発過酷事故が起きたばかりにもかかわらず、態々「核兵器」に限定されて採択され、この件はジエンドにされてしまった。そして今年の福島第一原子力発電所の事故・・・。市内のあちこちに建つ「核兵器廃絶と平和宣言都市」のモニュメントは、今もって私にとっては運動の敗北の象徴であり、当時の市長の抜け駆けの証拠でしかない。  西村滋って、どんな人?って訊かれれば・・・う~ん、そうだなあ~・・・…

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核兵器は抑止力となり得るか

 最近、北朝鮮、韓国、中国、ロシアの国境周辺での動きを報じるマスメディアが増えているように見える。  それに呼応するかのように、政治家等々影響力のありそうな人たちの日本に対する諸外国の領土的野心を訴える言動も目につくようになってきた。マスメディアの報道や著名人たちの発言の目的は、外国の脅威を訴えての軍備増強論である。特に、諸外国と対等に渡り合うためには、核兵器を保有するしかないと言った論調が大勢を占めている。核兵器を保有することは、諸外国の我が国の領土に対する最大の抑止力となると言うのが核武装論の根拠となっているようだが、核兵器は本当に抑止力と成り得るであろうか。  誰もが分かっていることだが、核兵器は実際に使ったら終わりである。放射能で汚染させてしまったら、その土地は使うことができず、従って占領もできない。つまり、核兵器で攻撃してしまったら、その戦争の目的である領土的野心を満たすことはできない。即ち、核兵器の保有はあくまでも脅しが目的であり、実際には使えない兵器であることは誰にでも分かっていることである。  また、核兵器は先制攻撃用の兵器であって、核兵器で攻撃されたらその報復で使用すると言う兵器ではない。何故なら、核兵器で先制攻撃を加える場合は、報復されないように、相手国を壊滅状態にするだけの弾頭数を打ち込む必要があるからだ。核兵器で攻撃される時は、日本の場合、この狭い列島に何十発と降って来ると思った方がいいだろう。着弾したら、例え核兵器を保有していたとしても報復する状態ではないと言え…

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展望なき原発と決別を!!!

 9月7日付読売社説・「エネルギー政策 展望なき脱原発と決別を」に反論を試みる。  社説と書いてあるが、中身はアジビラである。笑止千万で捨ておけば良い低レベルの記述ではあるが、中身は兎も角、一応、世界一の発行部数を誇る読み物に記載されているものであるので、その影響を考えると捨ておけない。  殆ど現実を見ることができず、全てを自分に都合よく解釈してしまう独善的人物が、妄想を記述したものと見てとれる。  先ず、タイトルからしていただけない。「展望なき脱原発と決別を」と書いてあるが、この世に展望のない状態を作り出しているのは原発そのものである。  兼ねてより、原子力発電の危険性を多くの人たちが訴えてきたが、それより多くの人たちが、いつかは枯渇するであろう石油に代わる「第三の火」として、原子力はクリーン且つ安全なエネルギーを限りなく人類にもたらしてくれるものと幻想を抱き、原子力発電を推進してきてしまった。しかし、3月11日の東日本大震災をきっかけとする福島第一原子力発電所の原子力災害は遂に取り返しのつかない事態を招いてしまった。事故はいまだに収束の目処すら立たず、今後、何十年にも渡って人の住めない放射性物質に汚染された広範囲の土地を福島に作ってしまい、計らずも、兼ねてより指摘されていた「核分裂反応は、人類には制御し難いものだ」と言う事実が証明されてしまった。5年後10年後に多くの人たちに放射能障害が発症することが懸念されている。放射能の健康への影響はどれほど長期に渡るか想像すらつかない。日…

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吹割の滝

 利根川上流、群馬県沼田市利根町にある滝。  幅30m高さ7mのこの滝は国の天然記念物にも指定されている。  東洋のナイアガラとも呼ばれるだけあり、美しさに圧倒される。  この滝は、凝灰岩、花崗岩の川床上を流れる片品川の清流が、岩質の軟らかい部分を浸蝕し、多数の割れ目を生じさせ、あたかも巨大な岩を吹き割れたように見えるところから、”吹割の滝”の名が生まれたとのこと。  デジブックのフルスクリーンモードでもう一度お楽しみください。

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三条ノ滝&尾瀬ヶ原散策

 8月20日、この最終日も雨。  チャーターしたマイクロバスが午後2時に鳩待峠で待っていることになっている。  午前6時半、尾瀬小屋を出発し尾瀬ヶ原をゆっくり歩いて午後2時までに鳩待峠へ出る組と、三条ノ滝を見て途中、山の鼻で昼食をとって午後2時までに鳩待峠に出る組と二手に分かれた。  私は三条ノ滝を経由する組を選んだが、雨の中、急斜面をアップダウンしながらのコースで午後2時までに鳩待峠に出るスケジュールは我が老骨にはかなりきつかった。まるでタイムトライアルをしているような速足で歩き、花を愛でる暇もなかった。岩場で転んで怪我をしないで帰れたことに今ホッとしている。(笑  早朝の尾瀬の風景である。実に清々しい。  チョウジギク  巨大なサルノコシカケ  平滑ノ滝  雨に濡れたソバナが実に印象的だ。  第一目標の三条ノ滝  ジャコウソウ  難関の三条ノ滝を往復し、尾瀬ヶ原に出たが、先頭を行く尾瀬奉行は足を緩めようとしない。  「オイオイ、せめて写真ぐらい撮らせてくれ~」と言っても願は届かず、ちょっとでも足を止めればぶっちぎられる。まあ、ぶっちぎられても迷うことはないのだが、バスの来る時刻までに鳩待ち峠に辿り着かねば皆に迷惑をかけることになるので、景色なんぞは夢の内で、新人のつもりで頑張って歩いた。それにしてもセワシナイ散策だ。  タムラソウ  オゼミズギク  サワギキョウ…

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尾瀬沼から尾瀬ヶ原へ

 真っ暗闇の中、戦車部隊が進攻するような轟音に起こされる。  何だろう?寝ぼけた脳味噌で考える。・・・そうか、雨か・・・叩きつけるようなもの凄い雨音。  8月19日、暦の上では初秋だが、気温はまだ夏と言って良い時期なのに、かなり寒い。トイレに立って時計を見ると午前3時だった。  チキンハートの上に寒がりと来ているから、豪雨と気温の低下にすっかり気持が萎える。  起床時刻は5時・・・さて、もう一寝入り。  「燧ケ岳?・・・う~ん、次の機会でいいや・・・」  ようよう白くなりゆく窓際を眺めながらまだ覚めきらぬ頭で考えている。  5時になり、皆起きたところで、「燧は取り止めだな。」尾瀬奉行の鶴の一声でその日の予定が決まった。(我々の香陵尾瀬同好会のリーダーは自ら「尾瀬奉行」を名乗っている。)  燧ケ岳が中止となり、残念とホッとする気持ちが半々の状態で朝食をとっている間に雨は小降りとなり、やがて、降ったり止んだりの状態になった。しかし、一度中止と決まったこと、復活はない。  チャーターバスで御池まで行き、シャトルバスに乗り換え沼山峠に入り、愈々雨中行軍が始まった。  雨に濡れた草花が美しい。  ピンクはヨツバヒヨドリ、黄色はマルバダケブキ  アカモノ別名イワハゼ  シラタマノキ別名シロモノ  ゴゼンタチバナ  ヤマハハコ  ワレモコウ  イワショウブが赤くなったものと思われる。  オヤマリン…

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檜枝岐歌舞伎

 何十年か前の高校の同期生で結成した香陵いきもの倶楽部の仲間で東北を旅した。  この年になると、腰は痛い膝は悪いの故障持ちばかりで、瓦礫処理のボランティアに馳せ参じても、足手まといになるだけ。それよりも、大した影響はないだろうが、貧者の一灯でせめて東北まで足を延ばし、いくばくかの消費をし、東北復興の一助になれば、と、いつもは関東は群馬県の鳩待峠から尾瀬ヶ原に入るのだが、今回は、東北・福島県南会津郡檜枝岐村にある沼山峠から尾瀬に入ることにした。皆、正常な経済の営みの復興こそが最大の支援と言う言い訳を胸に旅立った。福島県南会津郡下郷町にある旧宿場・大内宿に立ち寄り、ねぎ蕎麦を堪能した後、チャーターしたマイクロバスは一路檜枝岐村に向かった。  やはり来て良かった。地震や原発、そして先頃の集中豪雨の影響で、観光客は激減。予約した民宿も我々18人のパーティーで借り切り状態であった。  宿に着いた途端、心配していた雨が降り出した。  今回の旅の目的の一つは、この檜枝岐の地で江戸時代より、親から子、子から孫へと連綿と伝承されている檜枝岐歌舞伎を見ることにあった。  皆、荷物を下ろすと雨の中をそそくさと歌舞伎の会場へ向かった。途中、本降りとなり宿に戻ろうかと萎える気持ちに、年に二回しか催されない檜枝岐歌舞伎を見に折角来たのだからと奮い立たせ土砂降りの中を歩く。宿から会場まではかなり遠かった。  会場に就くと、まだ開場前だと言うのに既に長蛇の列。この歌舞伎に限っては、地震も原発も大雨も影響することな…

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大内宿

 何十年か前の高校の同期生で結成した香陵いきもの倶楽部の仲間で東北を旅した。  この年になると、腰は痛い膝は悪いの故障持ちばかりで、瓦礫処理のボランティアに馳せ参じても、足手まといになるだけ。それよりも、大した影響はないだろうが、貧者の一灯でせめて東北まで足を延ばし、いくばくかの消費をし、東北復興の一助になれば、と、いつもは関東は群馬県の鳩待峠から尾瀬ヶ原に入るのだが、今回は、東北・福島県南会津郡檜枝岐村にある沼山峠から尾瀬に入ることにした。皆、正常な経済の営みの復興こそが最大の支援と言う言い訳を胸に旅立った。その途中、福島県南会津郡下郷町にあるる旧宿場・大内宿に立ち寄った。  大内宿は重要伝統的建造物群保存地区として選定されており、旧街道の両側には茅葺屋根の建物が軒を連ね、今にも木枯し紋次郎が出てきそうな趣をとどめている。が、しかし、我々の真の狙いは建造物見学よりも、そこの蕎麦を食うことにあった。  事前調査の通り、迷わず冷たい「ねぎそば」を注文。  尾瀬同好会の代表は実にマメな男で、常に事前調査&計画は万全で、毎回、私は自分では何も考える必要がなかった。  文化遺産的建造物は尻眼に、会の代表お勧めの「大和屋」に直行。  待たされることもなく、ねぎ蕎麦が現われた。  要するに「冷がけ」一杯にねぎ一本が箸代わりに付いており、その一本のねぎで蕎麦を口に搔っ込むのが流儀なそうな・・・。そのついでにそのねぎを薬味としてか…

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富士登山

 2011年8月11日未明、富士登山道・須走ルートを登り始める。  天気は上々。満天の星を眺めながら頂上を目指す。  ミルキーウェイとは良く言ったものだ。本当にミルクを流したように、美しい星雲が北から南に流れている。  金星なんか平地で見るのの倍以上はありそうだ。せめて1.5位の視力で眺めてみたい。(笑  六合目を過ぎた辺りから徐々に明るくなってきた。  山中湖の向う側の地平線に陽が昇ろうとしている。    神々しいまでの日の出・・・画像の右側から、雲海が津波のように山中湖めがけて押し寄せているように見える。大自然の芸術性に言葉も無い。  夜明けとともに、足元の高山植物に気が付く。  イワツメクサ  ミヤマアキノキリンソウ・・・と思われる。  フジハタザオ  ムラサキモメンヅル  オンタデ、メイゲツソウ、フジイタドリ等のパイロットプラントが山頂目指して駆け上がっている。  雲の動きが目まぐるしい。雲の動きを眺めているだけでも飽きない。  登頂の証拠写真(爆  向う側の中央が剣が峰(本邦最高峰)  御殿場ルート山頂付近の巨岩  今にも動き出しそうである。先日の地震でよくぞ動き出さなかったものである。  さて、あいつらが動き出さない内に下りるとしよう。クワバラクワバラ・・…

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小田貫湿原散策(こだぬきしつげん)

 7月17日(日)、静岡県富士宮市在住の友人に、もの凄く美味い蕎麦屋があると誘われ、出かけてみた。昼頃、その友人宅に車をおき、友人の車で、その奥方と3人で田貫湖近くの蕎麦処・そばの実一閑人を目指す。  なんと言う蕎麦屋だ!ド田舎の蕎麦屋なのにもう既に客が入りきれずに外で待っている状態。しかも他県ナンバーばかり!待ち時間は30分位だろうと言うこと。私もそうだが友人も待つのが嫌いな性分。ちょっと付近を散歩して出直そうと主張。友人の奥方は1時過ぎても空くとは限らないので30分位なら待った方が良いのではと主張。しかし、亭主関白の友人が押し切り、1時過ぎれば必ず空くと言う見通しで、近くの田貫湖の北側に隣接する小田貫湿原(こだぬきしつげん)を散策してこようと言うことになった。  友人の決定にちょっと不安を覚える。私は経験上、物事の決定は女性に任せた方が良いと常々思っている。特に政治的決断は女性に任せた方が良い。男が決めたことにろくなことはない。古くは豊臣秀吉の朝鮮出兵、そして第二次世界大戦、更に昨今の原発行政。女性が主導権を握ってマツリゴトが行われていたら、戦争もなかったろうし、原発事故もなかっただろうし、今回の脱原発or原発推進の、政争と言うほどレベルは高くないゴタゴタも、脱原発ですんなり決まっていたろう。ドイツを見れば良く分かる。イタリアもいい意味で女ったらしの国・・・いやいや表現が良くない。女性を崇め奉る、謂わばフェミニストの国。政治的決定は正しかった。  それに引き換え、いまだ女性を軽んじる…

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天然クーラーのきいた別天地

 太郎坊・第一駐車場より第二駐車場越しに須山方面を望むも、分厚い雲の下に隠れている。  2011年7月10日、梅雨明が明けて猛暑到来・・・そんな時の避難地はここに限る。  太郎坊~幕岩~三辻~二子山コース。ここは真夏でも天然の涼風が吹いている。  第一駐車場からスコリア荒原を100メートルほど登ると、別天地の入口がある。  この最初の100メートルがキツイせいか、別天地のわりには人気の薄い穴場コース。それは私にとってはとても都合のいいことだ。いつでも大自然を一人占めできる。  雑木林に入ると、殆ど平坦地と言っていい程の緩やかな遊歩道が続き、のんびり歩けば1時間程、森林浴を楽しめる。  鶯の声を聞きながら、雑木林の中を渡ってくる涼風に吹かれながら歩く森林浴は最高だ!  サワギク サワギク(沢菊)は、湿り気のある林の縁などに生える多年草。名前のとおり沢沿いに多い。キク科の多年草。  木漏れ日を浴びながら1時間程歩くと、ぱっと視界が開ける。  幕岩に到着。  数年前までは、ピカピカに磨かれた一枚岩の溶岩流が100メートル程続き、その上はロッククライミングの練習もできる崖になっていたが、幕岩の上に続くスコリア荒原の浸食が年々進み、風雨に押し流されたスコリアによって幕岩の溶岩流は殆どが埋まってしまった。崖も大分寸法が小さくなりロッククライミングの練習をする者も居なくなった。  数年前とは景色が一変してしま…

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青嵐

 「あおあらし」で辞書を引くと「初夏の青葉を揺すって吹き渡るやや強い風」とある。  「せいらん」で辞書を引くと「1青々とした山の気。2青葉のころに吹きわたる風。」とある。  「山の気」とは「山気」らしいが「やまき又はやまけ」と読むと、ご存じの通り、良い意味では使われていない。そう言えば昔、「青嵐会」と言う山っ気たっぷりないやらしい政治結社があったが、言葉の持つ清廉なイメージが損なわれて実に残念だ。しかし、その会はもう既に消滅してる故、この際忘れるとしよう。(笑  「さんき」ならば「山中の冷え冷えとした空気」のことらしいので、自分の世界では「青嵐」は「せいらん」と読み、意味は「青々とした山の気」であり「山の気」とは「山気」のことであり、読みは「さんき」、意味は「山中の冷え冷えとした空気」と勝手に定義付けすることにした。(笑  読みは「あおあらし」の方がかっこいいのだが、意味は「せいらん」の方が深みがありそうだ。あちらを立てれば・・・であるな。  2011年7月9日(土)晴れ、前日、どうやら東海地方は梅雨明けしたらしいとの報があった。  雨の心配をせずに散歩できる季節が漸く訪れた。梅雨明けとなれば、やはりその青嵐を楽しみに行かねば。  その青嵐を見るならば、手近なところではここに限ると以前から決めていた。静岡県田方郡函南町の原生林である。この森は江戸時代から田方平野の水源涵養林として、守られてきたため、「禁伐林」とか「不伐の森」とか呼ばれている。  入り口には函南商工会…

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行政の想定する災害の規模(例えば沼津市の場合?)

 6月21日の沼津市議会定例会一般質問において、沼津市の栗原裕康市長は、「福島の事故を理由にして原子力の平和利用の動きを止めてはならない」という考えを明らかにした、と新聞に報じられていた。良識ある人間ならば誰もがぎょっとする発言である。  沼津市と言えば、鉄道高架化一本やりの行政で、肝心の住民サービスが、周辺他市町に比べ疎かになりがちなため、市民の流出の止まらない街として、この周辺ローカルでは有名であるが、肝心の沼津市はそれに気づいていない。  県東部の中核を自認し、周辺市町を吸収して政令指定都市を目指すも相手にされず、目標を下方修正して中核市を目指すも、これもまた目処はない。このご時世に膨大な借財を抱えているにもかかわらず、その借金を更に増やそうと言う、前時代(昭和)の博物館的構想に囚われている裸の王様であるのだから、周辺市町に愛想を尽かされるのも無理からぬ話である。  実は、この街には鉄道高架化よりももっと重要なことがあるのである。いやいや、そんなレベルではない。一刻も早く対策を講じなければならないことである。  それは、狩野川左岸の第三&第四校区と呼ばれる上香貫&下香貫地区、それにその延長として静浦、内浦、西浦、戸田まで続く、山が海岸線まで迫った細長い海岸地区である。これらの地区は東日本大震災クラスの津波が来たら一飲みにされてしまう地区である。  静浦、内浦、西浦、戸田地区には、現在海岸に沿って高さ何メートルかは分からぬが小高い鉄骨製のマモル君タワーとか呼ばれている避難タワ…

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御殿場・東山湖畔にて

 先週の土曜日のこと・・・小山までナターシャ・グジーのコンサートに行く途中、御殿場に寄り道。  東山湖畔の「湖水」と言う言うイタリアンで軽く昼食。このイタリア料理店、なかなか美味かった。写真はアンチョビー味のピザ。私はやはりアンチョビーのパスタを食べたが、テーブルに置かれるやいなや食らいついたので写真は撮り忘れた。(笑  息子はなにやら3~4品ぱくついていたが、若者の食欲が羨ましい。  食後のおやつはその直ぐ近くの虎屋。  この茅葺の門をくぐると、感じの良い竹林があり、その奥に虎屋の工房がある。  羊羹の美味さには定評があるが、この甘味処のロケーションがまたいい。

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ナターシャ・グジーコンサートのご案内

 おかげさまで大盛会でした。  小山町に舞い降りた天使・ナターシャ・グジーの水晶のような歌声に多くの人たちが涙を流して感動しました。  ご協力、ありがとうございました。  3.11東日本大震災以来、心安らかなる時がない。特に原発の問題は深刻だ。福島第一原発に収束の目処が立たない限り、本格復興も見えてこない。  また、復興後も原発がある限り、同じことは必ず起きる。いや、起こす。原発事故は自然災害ではない。人間が起こすものである。原発がある限り、どんなに安全対策を講じようと、必ずや、また、同じ過ちを犯すことになる。不完全な人間のやることに絶対はあり得ない。だから、その原因である原発を全廃することは、良識ある人間としては当たり前の考え方である。また、放射能の脅威におののきながらの生活を我々に強いる権利は何者にもない。  しかし、世界には原発が無ければ経済は成り立たない。したがって豊かな生活は送れないと、人間には知恵も工夫もないとばかりに洗脳されてしまった人たちが多過ぎる。そういう人たちが多数を占める限り、政治的な手法で脱原発を成し遂げることは不可能だ。  手はない!既存の手法であるデモや集会や署名やシュプレヒコールが、あの厚顔で強欲な原発推進者たちに効果があるとはとても思えない。そして、雇用を求める原発を立地する地元の人たちに、原発立地によりもたらされる雇用に代わる雇用を生み出さない限り、更には、原発以外の発電システムを構築しない限り、脱原発の叫びが理解されることは無いだろう。手詰ま…

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6月の尾瀬を歩く

 去年から決まっていた尾瀬山行。福島であんなことが起こってしまったが、いつまでも下を向いていても仕方ない。今更、取りやめたりはしない。  それにしても尾瀬の行く末が心配だ。  群馬、栃木、新潟、福島の四県にまたがる広大な湿原。その内の半分ほどを東電が所有しているとのことで、我々から電気代として徴収した金の内から毎年2億円を投入して尾瀬の湿原の保護に充てていたとのこと。尾瀬の保護のためなら、高い電機代も喜んで払おうが、原発のお守りの費用を否応なく負担させられるのは実に腹立たしい。が、これもごまめの歯ぎしり。世界基準から見るとただでさえ高かった電気代が今後は、更に高くなるだろうがどうにもできない。原発やってくれなんて頼んでもいない庶民にとっては謂われ無き搾取だ。・・・そんなことより尾瀬の行く末が心配だ。  まだ残雪を抱く至仏山を、樹間に垣間見ながら、鳩待峠から尾瀬ヶ原目指して遊歩道を下る。  去年の7月に登った至仏山は高山植物の宝庫で、それは華やかなものだった。行く先々途切れることのなく花々に迎えられて登った至仏山を思い出しながら山道を下る。  程なく、この時期の尾瀬の主役・ミズバショウが迎えてくれる。  まるで地面から白い炎が燃えているように一面に咲くミズバショウは見事という他ない。  広大な尾瀬ヶ原・・・後世に残したい自然、ナンバー1だろう。  鳩待峠から山ノ鼻を過ぎて、尾瀬ヶ原の中間地点位まではもの凄い人出であった。が、それでも例年の三…

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大地を海を空を、次世代に引き渡すために

 第三の火  さて・・・この国はどうしたものだろう???などとデカイ口を叩ける立場にはない。言い変えよう。さて、この国はどうなるのだろう?  いまだ収束の兆しさえ見えない福島第一原発人災事故。終息の形及び時期は神のみぞ知るところであろう。この事故に関しては今のところ収束と言う文字は使えない。手がつけられない状態のまま終息と言う可能性も充分含んでいる。  困った時だけ勝手に、「神様・・・」と心の中で呟いたことは何度かあったものの、今まで神も仏も本気で信じたことはなかった。しかし、今回の福島第一原発人災事故に限っては、いくら否定しても神の存在を感じずにはいられない。  他の国とは違う。広島・長崎の悲惨な歴史を持ちながら、第五福竜丸の悲劇を経験しながら、そして、東海村の臨界事故を起こしながら、核と決別できなかったこの国の民に神が怒っているとしか思えないような事故経過である。  冷やそうにも水がない。水を送ろうにもポンプが動かない。非常用電源であるディーゼル発電機も動かない。その動かない原因も、機械を今まで動かしたことが無いからなのか、故障なのか、燃料が無いからなのかも、訳が分からない。そのディーゼルの燃料タンクは態々波にさらってくださいと言わんばかりの海際に設置してあった。やっと注水すればガシャ漏れ。漏れた汚染水は海に流れ汚染を拡大させ、或いは建屋の地下に溜まり、作業を難航させる。そして遂には、実は事故当初から炉心溶融が起きていて手の打ちようが無い状態だと。更には収束の目処も立たない原子炉…

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宝蔵院からシャクナゲ回廊へ

 ここ数年、連休中の私の恒例行事となっている長九郎山行・・・連休最後の5月8日に今年も出かけることとなった。  一週間前の天気予報は曇りマークで、雨模様との解説付き。それでも私一人なら一週間後の予報を変える自信はあったのだが、今年は雨男のKAZ君が一緒。ちと自信がない。しかも、前夜の酒の席で出た天ぷらで胃をやられ体調は絶不調。よって朝飯抜きで出かけて来たので、私の天気に与える影響力も低下し、スタート地点の松崎町の山奥の富貴野山・宝蔵院に着いてみると、辺り一面霧に包まれ、今にも降り出しそうな気配。改めてKAZ君の威力に敬服する羽目となった。  境内の苔むした散策路に身を置き、暫し英気を養い、イザ!出発。  悪いことは重なるもので、歩き始めて程なく古傷の右膝が疼き出す。  若い頃、サッカーで痛めた古傷である。若い頃と言ってもシニアリーグの時であるからそう若くはない。KAZ君に言わせると“古傷”とは一流選手の場合のみ許される言葉遣いだそうな。一流選手を目指していたということでなんとかご勘弁願いたい。(爆  右膝の外側側副靭帯を痛めたものをちゃんと治してないので、疲れて来ると痛み始める。  胃の痛みと膝の痛みの二重苦に苦しめられながらの散歩となってしまった。KAZ君の手前、引き返したい気持ちを抑えなんとか足を運ぶ。  それでも、緑が深くなるにつれ、アルコールは抜け、胃の痛みも少しずつ和らいできた。  やはり、新…

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渡辺莞爾展 2011ご案内

 紙メールを貰う時、宛名には「風兄」と書かれていますが、実際には私が舎弟分であります。  私が兄と慕う画家・渡辺莞爾の個展をご紹介申し上げます。画家本人の優しさが作品に醸し出され、どれも、とても癒される作品ばかりです。是非、お出かけください。           カンヌ(油彩)           静物(パステル)                     花(油彩)           サンマルコ・ベニス(油彩)  癒しの画家・渡辺莞爾の個展 2008年1月  渡辺莞爾展2008ご案内 2008年6月  2009 KANJI 花と南フランス・北フランス・ベニスの旅 2009年5月  癒しの画家・渡辺莞爾展 2010年5月

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芽吹きの時

 箱根南麓、函南・原生の森、いつもの年より1週間から10日位遅れている感じだけれど、漸く芽吹きの時を迎えていた。あと1週間もすればまばゆいばかりの緑に溢れかえるだろう。  小鳥たちも嬉しそうにさえずり、けたたましい程だ。  草も木もゆっくりと頭をもたげ出した感じだ。  エンレイソウとニリンソウ  マルバコンロンソウ  ミヤマシキミ  サギゴケかな?・・・と思ったが、ムラサキサギゴケとのこと。  キランソウ  アカガシの大木

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いまだ冬の眠りから覚めやらぬ太郎坊~幕岩~双子山ルート

 4月29日、俗に言うゴールデンウィーク初日、一人山に入る。  ただでさえシルバー世代にはあまり関係のないゴールデンだが、今年は殊の外、ゴールデンが空々しい世相となってしまった。  毎年連休に合わせて、富士登山口への進入路が開通するのだが、今年は富士宮口への進入路が地震のためいたんでいるとかで、開通は一ヵ月ほど遅れるとのこと。よって、普段から人気薄の御殿場口でも少しは混んでいるかな?と思いつつ行ってみると、殆ど人気はなく、連休突入なのにいつもより寂しい感じ。  地震の後、富士山の宝永火口の形が変わってしまったと三島方面ではもっぱら評判だが、沼津からの富士の眺めは愛鷹山に遮られ、宝永火口の形はあまり良く確認できないせいか、そんな話は出ていない。  ヨシ、この目で見てやろうと太郎坊に入った。  太郎坊から幕岩を経由してカラマツ林を登って行くと、四辻(あまりアテにならない地名)と言うところに出るが、そこまで行くと宝永火口の下部の溶岩が競り出したところが見える。普段から今にも転げ落ちそうな巨大な溶岩の塊が火口の下部にせり出しているから、地震で崩れるとしたらそれだなと見当をつけていたのである。  残念ながら、下界はよく晴れていたが標高1400メートル辺りから眺めると上の方は曇っており、宝永山も富士山頂も望むことはできない。しかし、折角ここまで来たのだからと、幕岩方面に向かって雑木林の中に入る。  山はまだ冬の眠りについていた。或いは春眠暁を覚えずと早春の惰眠を貪っているのだ…

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4月17日、函南・原生の森

 スプリングエフェメラルの代表・カタクリの季節も終わった。次に私が出逢うべきスプリングエフェメラルのニリンソウが気になって山に入った。  ソメイヨシノはとうに散り、マメザクラだろうか?ちょっと違うような気もするが、山の桜が行く春を惜しんでいた。  桜に代わって美しさを鼓舞する辛夷の花が印象的だ。  壇ノ浦で敗れ、山奥に逃れた平家の落人たちが、早春のある朝、目を覚ますと、なんとまわりの山々に無数の源氏の白旗がはためいていた。これを見た落人たちは、もはやこれまでと自刃して果てた・・・と、どこかで読んだ記憶がある。源氏の軍勢の白旗に見まがうほどに咲き乱れた辛夷、さぞかし見事であったろう。そんな悲しい物語とは裏腹に辛夷の花は誇らしげに咲き誇っていた。  お茶目な感じのキブシも負けじと咲いている。  せせらぎに散った椿が印象的だ。  自然は何時も素敵なアーチスト。  小振りなミズバショウも行く春を楽しんでいる。  これは・・・かタネツケバナな?と思われる。  ハルトラノオ  いたいた、気の早いニリンソウ。せっかちだね。もう咲いたのかい?  エンレイソウ・・・存在感あるね。(笑  連休中にまた来よう。  ニリンソウも直、満開になるだろう。  どんなことがあろうと、  小さな小さな植物たちでさえ、  ちゃんと季節の移ろいを受け入れ、  花を咲か…

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源兵衛川、せせらぎ散策

 一昨日だったかその前だったか、記憶は定かではないが、風の強い日だった。  三島在住の友人から携帯電話が入った。・・・あ、そうか・・・着信記録を見ればいつだったか直ぐに分かるのに、そんなことも思いつかない程、疲れているのだろうか。  「桜が散り始め、源兵衛川で花筏が見られるのも、ここ2~3日ですよ。」  そうか・・・開花したばかりと思っていたが、もう散り始めたか・・・。  そうだ、引き篭もって、震災と原発の人災のニュースを見ては落ち込んでいても仕方ない。被害に遭わなかった我々が下を向いていても何にもならない。社会の沈滞ムードをより沈めてはいけない。  気分転換に潔い散り際の桜を愛でるとしよう。  富士山の雪解け水が、三島市の楽寿園内に湧きでる。その泉を源流として源兵衛川が、三島の商店街を、住宅街を縫いながら、そして街はずれの農業用水池までせせらぎを描いて流れている。そのせせらぎの中に木道で遊歩道を整備し、市民の憩いの場が作られている。三島は水の都であると同時に、文化の香りのする街だ。鉄道高架化一本やりの隣街とは一味も二味もちがう。  去年の夏、源流から広小路まで歩いたので、今回は広小路から中郷用水まで歩いてみた。  散り際の桜に元気をもらった。  この美しい日本の文化と、放射能に汚染されていない美しい風景を、子や孫やそのまた子供の世代へと引き渡さなければいけない。それは今を生きる我々の責任…

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お役所仕事とそのご都合主義(選挙管理委員会編)

 今月は統一地方選挙とかで、私の住む街でも10日に県議会議員選挙、24日に市議会議員選挙があるそうだ。  この非常時に月に二度の選挙とはとんでもない。どうして一緒にできないのだろう。第一、経費の無駄遣いである。疑問に思うと腹に仕舞っておけない質は死ななきゃ治りそうもなく、無理に我慢するのは健康に良くないと(笑)、早速、市の選挙管理委員会に電話。  電話に出た選挙管理委員会の職員にその旨伝えると、「ちょっとお待ちください」と困ったような声で答えてから、ちっとも応対しない。多分、誰か他の者に振ろうとしているなと想像は容易に付く。大分経ってから、誰も代わってくれなかったのか再び同じ人物が電話に出た。  「これは国の方で決めたことでして・・・」と、どうも歯切れが悪い。  「それはおかしいな。先日、地震の被害が大きかった浦安市の市長が、選挙どころではないと、選挙は行わない旨発言したところ、選挙をやるかやらないかは市長が決めることではない、市の選挙管理委員会が決めることだ、と片山総務相が一喝したではないか?国にとやかく言われずとも市の選管の良識で決められるのではないかね?」と再度尋ねると、「選挙日程については法律で決められているので、市の方では何とも・・・」とまたまた歯切れが悪い。  「本当に法律で決められているのかね?では、確かめるので、総務省の担当部署とその電話番号を教えなさい。」  すると、「総務省・選挙課になります。電話番号は03-5253-5566になります。」と今度ばかりは歯切れの良い…

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かたかごの里訪問

 大石寺境内散策の後、蕎麦処・喜八で遅い昼食を済ませ、富士市の岩本山公園を訪れ、懸案だった「カタクリの花が取り持つ情操教育」の富士根北中学校のかたかごの里を訪ねた。  欲張って富士市の岩本山公園訪問を急遽入れてしまったので、かたかごの里に着いたのは夕方になってしまった。もう少しゆっくりと観賞したかったが残念。やはり次回は一人で来よう。  春休み中の土曜日、しかも夕刻となってしまったので生徒たちも先生もおらず貸切での観賞。  見学者のために臨時駐車場も設えられ、至れり尽くせりの感。生徒たちの気持ちが伝わってくる。  それに、ここのカタクリは色が薄く、とても品が良い。(^-^ )  おまけで、蕎麦処・喜八の蕎麦をアップしておこうかな。           田舎天ざる蕎麦、1,250円ナリ  で、私が注文したのは、せりざる蕎麦800円+小天盛り600円=1,400円ナリ              抜群に量が多く食べきれない人も多く居るので要注意。  味も抜群!この量でこの味なら随分と安い。  友人の話によると東京&神奈川から態々食べに来る人もいるらしい。  蕎麦処・喜八:静岡県富士宮市の浅間大社近く、☎0544-24-0035  営業は、木、金、土、日曜日の11:00~15:00

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国破れて山河あり

 4月2日は、昨年に続き同級生たちと、三島市にある遺伝学研究所の一般公開の桜見物に出かける約束が1年前から交わされていた。が、しかし、そこへ3月11日の東日本大震災。世界を震撼させ、全ての日本人の気力を打ち砕く大惨事が発生してしまった。貴い多くの人命が失われ、被災された方々の深い悲しみ悔しさを慮ると、とても花見どころではない。あの日以来、殆どすべての行事やイヴェントが中止されている。  貴い命と深い悲しみ悔しさの回復は困難であろうが、地震・津波と言う自然災害だけであれば、どんなに多大であろうが物的な損害は何時の日か必ずや復興できたろう。しかし、安全性より経済を最優先した邪悪な強欲主義が作り出した放射能汚染と言う人災が追い打ちをかけてはそれも不可能になってしまう。  被災された方々の深い悲しみと、国の行く末を考えると、自然と頭は垂れたままだ。とても花見など出かける気になれない。そこへ友人からメールが届いた。  「個人的には実施すべきと思っています。中止にして、ジット家の中でテレビを見て 暗くなっていてもしょうがない。日本の四季折々の景色の素晴しさを改めて思い、これを守っていく事が基本だ と皆で感じる事が 大切と考えています。もし 皆の意向で中止になるようでしたら、同じコースを家族・親戚で廻ろうと思っています。」  そうなのだ。彼の言うとおりである。被災しなかった我々が下を向いていては、被災した人たちを元気づけることもできない。かと言って、腰痛持ちの初老に差し掛かった男が、現地に行って…

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金時山からの富士の眺め(冬)

 12月5日晴れ。  富士山を眺めるには絶好の日よりである。  絶景が望めるわりには手軽な山・金時はこの日も山頂から人が零れ落ちそうなくらい、老若男女で賑わっていた。  パソコンユーザーの方は、下のサムネイル画像をクリックし、BGM付きスライドショーのデジブックアルバムをご覧下さい。クリックしたら数秒お待ちください。新しいページが開かれたら、画像内下部右端のデスクトップのマークをクリックし、フルスクリーンモードで覧下さい。             ※デジブックのアルバムの一覧は、ここをクリックしてください。

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江川邸の板塀

 静岡県伊豆の国市韮山にある重要文化財・江川邸の黒塗りの板塀。  刀の突きを思わせる直線的な鋭さが、往時の武士の心意気を髣髴とさせる美しさ。  徳川幕府の代官・江川太郎左衛門の代官所及び屋敷跡。太郎左衛門とは江川家の代々の当主の通称だそうだが、中でも36代の江川英龍は、反射炉による鉄製砲の鋳造やわが国で最初にパンを焼いたこと等で有名。  武家屋敷の1パーツであるから厳めしさもあるが、それにもまして美しさに感動する。  これだけ立派な黒塀は、はるか昔、秋田県の角館を通過した際、見かけて以来である。

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チングルマの種子は、花穂と書くか?果穂と書くか?

 2010年8月19日付ブログ記事・「 果穂について・・・」の続編のようなものだが・・・  上の一枚目の写真はチングルマの花である。また二枚目三枚目の写真は、そのチングルマの花の後の状態である。恐らくは種子がススキのように穂状になったものであろう。  この夏、尾瀬で初めて出会った植物。  早朝、尾瀬ヶ原を散歩すると、朝靄立ち込める中、異様に存在感を示す植物があった。同行の同級生に聞くと「チングルマの花の後の状態だよ。」と教えてくれた。  朝露をダイヤモンドのアクセサリーのように身に纏い輝いていた。花の時期を過ぎても尚も煌めこうとするかのようなこの花の佇まいにとても興味を覚えた。  家に帰ってからも、この花の印象が頭の片隅に残っており、尾瀬の植物図鑑で調べてみた。すると、果穂と表示されており、「春は花、夏は果穂、秋には紅葉とそれぞれの季節を楽しむことができる」と解説が書かれていた。  なるほど・・・花の後だから種子なのだろうが、普通の種子と違い、とてもお洒落な種子だから、このような形状の種子の集まりを果穂と呼ぶのだな、と素直に思った。ついでに恥を忍んで書き添えるならば、無学な拙者はカスイと読めずカホと読み、「う~ん、カホと言う響きもいいじゃないか」と1人悦に入り、益々このチングルマの種子への興味を深くした。  それから暫くして・・・  つい先だってのことであるが、庭のクレマチスの花の残骸に、ふと目が行った。    おお~!これも果穂かな…

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金時山からの富士の眺め(秋)

 金時山頂からの富士を眺めたいと思っているところへ、折りよく友人から誘いのメールが届いた。早速快諾。  2010年11月13日(土)、天気晴朗なるも黄砂が来襲するだろうとの予報。  道すがら車窓から眺める遠くの空は、予報通りこの時期にしては珍しい霞み方。  天気予報を聞いていなければ、遥かに霞む富士を幻想的だな、と評したであろうが、その原因がかの国から飛来した黄砂かもしれないと思うと、時期が時期だけに複雑な思いである。しかしここはシンプルに富士の眺めだけに感動しよう。  目を転じれば、山間の森林は程々に色づいて秋の深まりを物語っている。芦ノ湖も望むことはできるがやはり霞の中だ。  「ナナカマド・・・七度竈にくべても燃やすことができないためその名がついたと言う傑物。単に水気が多いだけと言う人も居る。或いは七度竈にくべれば良質の炭がとれるとも。植物の名前の由来は訳が分からん。(爆」と、なんの疑いもなく記述したが、“はなせんせ”のご指摘により、これはナナカマドではなくノイバラの実と判明。(^^;)ゞ  季節柄、山には竜胆が多く咲いていた。  パソコンユーザーの方は、下のサムネイル画像をクリックし、BGM付きスライドショーのデジブックアルバムで、もう一度ご覧下さい。クリックしたら数秒お待ちください。新しいページが開かれたら、画像内下部右端のデスクトップのマークをクリックし、フル…

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花の寺・長安寺の五百羅漢

 表富士の紅葉にがっかりし、諦めきれずに箱根・仙石原の長安寺を訪ねてみたが、やはりここも紅葉は見るべきものがなかった。  また、花の寺といえども、流石にこの時期である。見るべき花もない。  しかし、ここには五百人の羅漢さんたちがいる。折角来たのだから羅漢さんたちに挨拶して帰ろう。    「オウッ!また来たな」って感じかな?        「おい、俺を忘れるなよ。」  通り過ぎる時、声をかけられたような気がした。ふり向くと、羅漢様が笑っていた。  「ハイハイ、承知。・・・写しますよ~。チーズ。」    「いやいや、わしゃいいよ~」    「わしも遠慮するよ~」  「まあ、そう仰らずに・・・ハイ、ポーズ。」  逆さ富士ならぬ逆さ羅漢。(笑  イルカに乗った少年ならず“ナマズに乗った羅漢様”かな?

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青島広志のコンサート&トーク 4大テノール+1 夢の饗宴

 青島広志・・・テレビ等でもう御馴染の顔なので、今更拙者なんぞが紹介するまでもないが、表題のコンサートに毎回、友人が4大テノールの1人として出演しているのでちょいとばかし宣伝に協力したい。  普段、音楽とは縁遠い生活をしているので、コンサートなるものには殆ど興味はなかったが、何年か前にこの青島広志のコンサート&トークの地方公演があり、隣街の富士市で開催された折に初めて体験した。  肝心のコンサートもさることながら、青島広志の喋りが素晴らしい。  音楽にさほど興味の無い拙者ですら、ぐぐっとひきこまれて聴き耳を立ててしまう巧さである。  とっつきにくい音楽の専門用語等を分かりやすく解説してくれ、敷居の高いクラシック音楽を一段と身近なものにしてくれる。  例えば、テノールと言う言葉は以前から知っていたが、そのテノールにはリリコとかドラマティコとかレジェロとかいろいろな音質があると言うことを、歌手の生の声を聴かせながら解説してくれてとてもよく理解できる。  是非、お勧めのコンサートである。  拙者も一度聴いてすっかりファンになってしまったのだが、なかなか東京までは出て行けない。地方公演をやってくれればいいのだが、田舎町での公演では採算がとれないのだろう。と言うことで、何年もの間なかなか行けずにいるが、今年こそはと思っていが・・・業務研修と重なっていた。残念!  詳細は次の通り。

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スキップされた秋

 以前にも、このようなタイトルで記事を書いた記憶がるが、地球温暖化の影響であろうか、ここ富士山の南側では年々紅葉の具合が芳しくなくなってきている。  つい10日程前に来た時には、紅葉までにはまだ2~3週間を要するだろう?と思いきや、実際10日程経った11月3日に来てみると、木々の葉は紅葉する前に散ってしまっている。わずかにくくり残された葉は既に立ち枯れたように黄色から茶色にくすもうとしている。  「今年は春もなく秋もなく、冬から一気に夏になり、夏から一気に冬になった」と新聞やテレビで報道されている通り、ここ富士山の南側でも、見事に秋はスキップされてしまった。  昨年の尾瀬山行以来、急速に付き合いが深まった同級生たちと、来年も再来年も元気に尾瀬を歩けるようにと、トレーニングを兼ねて、富士の中腹に紅葉狩りに来たのだが、紅葉は諦め足腰のトレーニングに専念である。(笑  親交が深まったのは良いのだが、この仲間、一つだけ嫌なことがある。それは、この連中、妙に俳句や短歌に凝っているという点である。どこぞへ出かけると必ず一句又は一首を宿題とされるのである。詩歌とは縁の無い生活を送って来た拙者にとっては苦痛である・・・が、そこは切り替えの早い拙者のこと。「俳句や短歌は自己満足の文芸である。どうせ、俳句や短歌を作ってそれで飯を食える人間はいないのだから、みんなアマチュアである。だから人がなんと言おうと気にすることはない。自分で納得できればそれでよい。」と開き直り、紅葉狩りは諦め、恥ずかしながら5…

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竹寺(鎌倉・報國禅寺)

 台風14号が紀伊半島の沖合から、東海~関東目指して北東に進んでいるとのこと。  外は雨と風である。こんな日は外に仕事に行っても仕方ない。未整理の写真でもなんとかしようか。  先週、仕事で神奈川に出張した折、以前から気になっていた竹寺を大急ぎで回って来た。境内にいた時間は十分か二十分であろうか?将に竹林の中の細道を風のように駆け抜けて来た。  狭い土地に実に効率よく集約された「竹の庭」であったが、やはり、嵯峨野の竹林の雰囲気には及ばない。だが、京都は遠いし、自分にとっては贅沢過ぎる程の竹林である。休耕庵と言う塔頭の跡に孟宗竹が生え「竹の庭」になったとのこと。  建武元年(1334年)の創建。臨済宗・建長寺派の禅寺。  開山は天岸慧広(てんがんえこう)、開基は足利家時(足利尊氏の祖父)。  本尊は釈迦如来坐像。    帰り際、ホトトギスの花が待っていてくれて、見送ってくれた。

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小林繁男、母校で語る

荒廃した熱帯林の修復は地球を救うか?―熱帯林とともに暮らす人々―  2009年の夏のことだった。還暦を記念して同級生16名で尾瀬に旅した。憧れの尾瀬ヶ原に立っていた仲間の誰もが、その美しく広大でピュアな大自然に驚嘆し、その地から離れがたい思いにかられていた。  トレッキングシューズの靴底は強力な接着剤で貼り付けられでもしたかのように、尾瀬の木道にぴったりと貼り付き動こうとしなかった。  「こんなに素晴らしい空間があるのに、明日は家路につき明後日からはまた仕事か・・・」1人の男を除いて誰もがそんな思いにかられ足がすくんでいた。  「みんな!ワリイな。俺は好きなことをしてれば食ってけるんだよ。」  1人の同級生が皆の心の内を読みとり、おどけたように口にした。  そうなんだなあ~、こいつだけは特別なんだ。彼は常時こう言った自然の中に身を置いていられる羨ましい存在。だが、それは、今まで彼が積み重ねてきた努力への天からの贈り物。彼が常に自然の中に身を置いて生活できることを羨ましいとは思っても憎たらしいと思うものはそこには誰もいなかった。誰もが、彼が常に大自然と向き合って生活できることを当然のこととと受け止め、彼の発言に納得していた。  その男の名は小林繁男、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授。  彼は、高校のクラブ活動で、生物部員として初めて尾瀬に連れてこられ、その尾瀬の自然の素晴らしさに感動し、「俺は生涯、こう言う素晴らしい自然とかかわって生きてゆきたい。」そう心に刻んだ…

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夏の思い出

 真夏の太陽に照りつけられた灼熱のコンクリート、今にも熔けだしそうなアスファルト。  足もとからジリジリと伝わる放射熱。体中から滲む汗。額から滴り落ちる汗粒・・・暑さに締め付けられ今にも止まってしまいそうな心臓の鼓動。  コンクリートジャングルを歩く、そんな市民をホッとさせてくれる光景に出遭った。  街中を流れるせせらぎ。市民が憩う場所。  思わず「蛙飛び込む」と言う言葉が口先からこぼれる光景。  子供たちが夏の暑さから逃れようとせせらぎに飛び込む。  昔、見たことがあるような風景。懐かしい。自分も一緒に飛び込んでみたくなる日本の原風景。  そんな思いを彷彿とさせる光景を温存した街、三島市。    三島・楽寿園の小浜池の直ぐ南側に湧きでる清水を源流とする源平川の片鱗を垣間見た。  ほんの一コマを一瞬垣間見ただけで涼を呼んだ。  この街には「コンクリートから人へ」の文化が感じられる。「住んでいてよかった、或いは住んでみて良かった」と言う街づくりの哲学が感じられる。一方、私の住む隣街は、鉄道高架化と言う相変わらずの箱もの行政に目が眩み、たった20万の市民で既に抱える借金1千4百億円に飽き足らず、総工費2千億円と言われる鉄道高架化事業の地元負担分600億+周辺事業費を入れれば1千億円は行くだろうと言われている負担を抱えようとしている。この1千億円を30年で返済するともくろんでいるから、その金利を入れれば2千億円になりなんとする。つまり既にある1千4百億円の借金に加え…

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愛鷹山の九月の花たち

 暑さ寒さも彼岸まで、と言うが、その秋の彼岸を二週間程後に控えた9月4日、うだるような暑さの中、久しぶりに愛鷹山を歩いた。水神社に車を止め、つるべ落としの滝まで歩いてみた。渇水期には水の涸れる滝、当然水はないだろうと思って歩いたが、やはり水は涸れていた。代わりにこちらが滝の汗だ。  真夏をも凌ぐ猛烈な暑さだが、それでも山はちゃんと小さな秋を生み出していた。  夏の間ず~っと咲いているタマアジサイがまだ咲いていた。実に花期が長い。  可愛い可愛いゲンノショウコ  これは立派なマムシグサだ!・・・堂々としていた。  一際目立つヤマホトトギス・・・と思ったが、実のところ拙者はヤマジノホトトギスと区別がつかない。  以下、我がBBSで、“はなせんせ”の確認をとった。  これはマメ科「ヌスビトハギ」と言うそうな・・・物騒な名前とは随分とギャップのある可憐さだ。  きっと、見た人の心を盗んでしまうのだろう。  そのヌスビトハギとヤマホトトギスのコラボ。  キク科シオン属「シラヤマギク」    ミカン科マツカゼソウ属「マツカゼソウ」  シソ科ヤマハッカ属 「ヤマハッカ」  最後は、あまり観賞に耐えられそうもないが、イラクサ科カラムシ属「ヤブマオ」  不気味な植物であった。

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俺たちの夏草冬濤

 「げたばき会」の友逝く  下駄(げた)の歯が また欠けたるや 蝉(せみ)時雨  30代の初め、高校の同級生7人の飲み仲間を「げたばき会」と名付けた。早くに1人を失い、また1人亡くなった。この夏、鬼籍に入った男は、東京農大生のころからアジアや中南米に興味を持ち、「将来、現地で支援活動をしたい」というのが口癖だった。  50代半ばで子育てが一段落。JAを定年退職後、長年の夢を果たすべく、単身、タイに渡って農業技術の指導を始めた。退職金を投じて灌漑(かんがい)用の井戸を3本掘り、2本を掘り当てた。現地の喜びと感謝は言うまでもない。  面白い話を聞いた。彼の知人の日本人農業技術者が、タイの稲作農家に日本式の米作りを教えたら、秋に例年の2倍の収穫があった。ところが、翌春、その農家は米を作ろうしない。「去年、2年分の米がとれた。来年また、2年分を作ればいいさ」と言ったという。バンコクの争乱を聞くたびにこの話を思い出す。  帰国中に持病が悪化し、病院で息を引き取った。死に顔が安らかだった。好漢、山田恭輔・享年63歳。【中村隆】  上述の文章は、平成22年8月4日付、毎日新聞・静岡版のショートメールと言うコラムの記事の無断転載である。筆者は毎日新聞の中村隆記者である。中村隆記者は私の高校時代のサッカー部の二級先輩の山田恭輔キャプテンの親友であるから、やはり先輩と言うことになる。無断転載であるが、先輩は怒りはしないだろう。  記事のコピーを友人が送ってくれた。私にとっ…

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尾瀬の思い出

 果穂について・・・  妖しげな上の2枚の写真は、朝靄煙る中、全身にダイヤモンドを散りばめ、狂おしいまでに存在感を示す高山植物・チングルマの果穂と言うものなそうな。「カホ」と読むのかと思ったら、な、何と!「カスイ」と読むそうな。(=^_^;=)  下の写真は、そのチングルマの花である。  春は花、夏は果穂、秋には紅葉とそれぞれの季節を楽しむことができると言う触れ込みの植物。  7月19日、尾瀬ヶ原ではこのチングルマの果穂を見ることができた。そして、その尾瀬ヶ原の南西に、燧ケ岳と対峙する至仏山に登ると、下の方では果穂、頂上付近では花が見られた。1日で2シーズンを楽しめる垂直分布に感激。  また、至仏山の天涯にハクサンイチゲと競い合うように咲き乱れるチングルマは見事ではあった。が、しかし、私の個人的な好みでは、花よりこの果穂に魅力を感じる。  花よりも果穂の方が情念のようなものを感じ取ることができ、想像力を逞しくしてくれる。  いつまでも美しくありたいと願う女性の執着心と言うか、情念と言うか、未練とも言うべき心根にも似たこの花の佇まいがいじらしい。  ついでに、カスイでなくカホと読むのならもっと気に入ったのに。 「チングルマの種子は、花穂と書くか?果穂と書くか?」に続く

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至仏山の風景

 7月19日午前6時30分、至仏山の登り口に立った。  同窓生11人でツアーを組んだのだが、寄る年波・・・ここで、山登りは嫌だと言う尾瀬ヶ原散策組と至仏登山組の二手に分かれた。至仏登山組は4人。尾瀬ヶ原散策組の7人とは鳩待峠で落ち合い、一緒にお昼を食べようと言う手はず。  登り口に立つ案内の看板には、至仏山頂~尾瀬ヶ原間は登りのみ利用するようにとの注意書きがあった。つまり一方通行。下りは事故が多いから禁止になったことを物語っている。侮れないコースだ。登り始めたら引き返す訳には行かない。安易な気持ちで登れる山ではない。とは言うものの、足に全く自信がない訳ではなく、昼には充分に間に合うだろうと軽い気持ちで出発した。尾瀬ヶ原散策組より早く、昼前には鳩待峠に着いて、岩魚の塩焼きを肴に冷たいビールで喉を潤し、ゆっくり尾瀬散策組の到着を待つとしよう。  登り始めて程なく、尾瀬ヶ原とその向こうの燧ケ岳を見渡せるようになる。  至仏山は尾瀬ヶ原も周囲の山並みも一望できるなかなかの絶景ポイントであった。  山の天気は変わりやすい。出発する時は殆ど快晴であったが見る見る雲が出て来た。    いってん俄にかき曇り・・・と入力し、果て?「いってん」はどんな字だったかな?一天か?一転か?はたまた一点かあ~?と検索してみると、これが分からない。誰もが苦労しているようで、自信を持って正解を解説しているサイトは見当たらず、みんな平仮名書きだ。  まあいい。今さら試験を受ける訳で…

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