泡盛・瑞泉(三年古酒)

 辺野古に米軍の新基地を建設することに反対する翁長雄志知事を応援する意味で、昨年沖縄県にふるさと納税したお礼の品が届いた。  沖縄から軍事基地が無くなる日を夢見ながら戴くこととする。  沖縄県知事に当選したその晩、「とにかく新基地は造らせない。でも、もし万策尽きたら、その時は2人で座り込もうな」と翁長さんは奥さんに言ったそうだ。その時は、私もお供したい。  裁判所の和解勧告を受け入れたとは言え、軍国主義に憧れを持つ政権は信用できない。選挙のための時間稼ぎだろう。遠からず再び裁判に持ち込まれるだろう。体制よりの判決の多い我が国の裁判所の判断もまた期待できない。今年はふるさと納税ではなく、沖縄に座り込みに行く旅行費用を貯金することとしよう。 http://www.pref.okinawa.jp/zeimu/furusato/index.html ←沖縄へのふるさと納税はこちらをクリック。

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日本の防衛について

 白波の 寄そる浜辺に 別れなば  いともすべなみ 八度(やたび)袖(そで)振る   (詠み:大舎人部祢麻呂)  防人の任に就くため舟で、家族と暮らしていた地を旅立ったのだろう。白波が寄せる浜辺で別れたなら、別れを惜しんで何度も何度も袖を振る。  道の辺(へ)の 茨(うまら)のうれに 延(は)ほ豆の  からまる君(きみ)を はかれか行かむ   (詠み人:丈部鳥)  丈部鳥(はせつかべのとり)と言う男が防人の任に就くため旅立つ時、道端に咲く「うまら(ノイバラ)」の先に絡まる豆の蔓ように、妻がしがみつき「行かないで・・・」と懇願した・・・だが、悲しみをこらえ防人の任地に赴かねばならない。  韓衣(からころも)裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして  韓衣は防人が着用した袖の太い唐風の衣服らしい。その裾にしがみつくいて泣く子どもを置いてきてしまった。母親も死んでしまっていないにもかかわらず・・・身につまさらる、と言うか胸を締め付けられる歌だ。  中学生時代、社会化の授業で習った防人について思い出した。  防人とは、任那に日本府を置くなどして大陸への野心をあらわにしていたであろう大和朝廷が663年、白村江の戦いで、唐・新羅の連合軍に大敗し、その後、唐が攻めて来るのではないかとの憶測に陥り、罪もない庶民を徴用し北九州防衛の任につかせた我が国最初の徴兵制度とも言うべきものであったのだろう。主に東国の民が徴用されたようだが、東国から九州への旅は、当時としてはそれは過酷なも…

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ドイツと日本の違い

 ドイツ在住の同級生から届いたメールに興味深い現象についての記述があったので、いつかそのことについて考えてみたいと思い、こちらに転載し記憶にとどめることとする。  日本は人質事件のことで多分大騒ぎだと思います。こちらもフランスやウクライナでの問題だけでなく、ドレスデンで「ペギーダ運動」なんてのが出てきました。  “反イスラム化”運動「ペギーダ」は主に元東ドイツのドレスデンを中心に広がっています。モスレムの人口に占める割合が西側に比べてずっと低いにもかかわらずです。これは、“反イスラム化”運動というより外国人排斥の動きだと思います。  ドレスデンあたりには私も何回か行っています。外国人排斥の傾向があることは私も何回も経験しています。  東西ドイツが統合されても、元東独だった地域でナチ時代の反省がなされたと言う話は聞いていません。  西では、1968年に若者たちが立ち上がり、両親たちのナチ時代を追及したのを契機に、二度と過ちを繰り返さないようにということで、社会全体が民主化しました。ナチの反省は今でも続いています。  東独では、外国人はなるべく隔離するような政策を執っていたし、「自分たちは新しく建国したのだから、ナチドイツの責任を負う必要はない。」という考えでした。  壁が落ちたあともそのままで、特に意識して政治教育に力を入れることもなかったのだと思います。  東西ドイツの状況を比較すると、民主化のためには、「戦争の反省」がとても大切だということがはっきりします。…

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ちょっと笑える話 Ⅱ

 そろそろ寝ようと思い、洗面所に行って歯を磨き、ふと鏡を覗き込んで、あることに思い至った。  それは・・・昼間、仕事で檀家寺の近くまで行き、盆にも彼岸にも墓参りをしてなかったことを思い出し、ついでに、お袋とオヤジの墓に詣でてやろうと、寺の駐車場に車を止め、墓地の方に歩いて行ったのだった。  すると、3~4人の職人が墓石の設置だろうか?何やら工事をしていた。私がそこを通りかかると、職人たちは全員手を休め、一斉に私に向かって深々とお辞儀をしたのである。  なんと礼儀正しい職人たちなんだろう!と、思いながらそこを通り過ぎた。  夜になってそろそろ寝ようと思い、洗面所でふと鏡を覗き込んで思い至った。  私の頭は坊主頭だった。・・・そうか!あの職人たちは、私があの寺の住職だろうと勘違いしたんだな。(笑)  納得・・・である。見ず知らずの者同士の挨拶にしては、お辞儀の仕方が丁寧過ぎてあまりにも不自然だった。  私のことを寺の住職と勘違いすれば合点が行く。・・・そうか、そうだったのか。(笑)

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脱・原発への道は遠く険しい

 きょう3月9日(日)は、3・11のメモリアル行事である「さよなら原発 in 沼津集会」に参加してきた。  参加者は一昨年、昨年に続き、今年も5~60人程度。  20万都市で、この数は淋しい。 http://kazenokinomamaniki.at.webry.info/201203/article_3.html ←これは一昨年の記事であるが、これにも同様のことが書いてある。  集会に参加してどうなると言うものでもないが、電力事業者と国にしろ地方にしろ行政機関に対し、意思表示をしておくことは必要なことだ。そして大事なことだと思う。しかも沼津の集会の会場は、奇しくも東電沼津支店のまん前。原発ゼロの意思表示をするには恰好の場所だ!なのに何故集まらない???  まさか、20万人の内、原発に反対している者は5~60人しかいないとは思わないが、原発推進側にしてみれば恰好の攻撃材料だ。「沼津には、原発に反対している不穏分子は50人しかおらんぞ!」したり顔で再稼働に拍車をかけるだろう。  だが、実際そうかもしれない。沼津は昔からそう言うところだ。ここは今でも連合が強い。  チェルノブイリ原発事故の翌年・昭和62年2月、我々は、72,911筆の賛同署名を添えて、沼津市議会に対し「非核平和沼津宣言」を採択するよう求めた。その時、それに待ったを掛けたのは、連合の前身である同盟を支持母体とする時の市長・渡辺朗氏であった。彼は「非核平和都市宣言」を「核兵器廃絶平和都市宣言」にすり替え、しかも市民の誓願…

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プーチン

 「米介入なら紛争拡大」 プーチン氏異例 米紙に寄稿  ちょっと古い話になるが、ロシアのプーチン大統領が米紙ニューヨークタイムズに寄稿し、シリアのアサド政権の化学兵器使用疑惑に関し、米国がシリアへの軍事攻撃に踏み切れば「無実の人々の犠牲をさらに増やし、シリア国境を超える紛争が拡大する恐れがある」と警告したそうだ。  プーチンは現在の国際法の下では、武力行使は自衛目的か国連安保理の決定によってのみ認められると指摘。「軍事力は無意味で的外れであることは証明されている。アフガニスタンは依然政情不安定であり、リビアでは部族対立が続き、イラクでは内戦で毎日数十人が殺されてる。米国はこの過ちを繰り返すのか」と。  オバマ米大統領が10日の米国民向けの演説で、武力行使に踏み切るべき理由として「米国は他の国とは異なる」からだと述べたことに反論。「動機が何であれ、国民に自分たちは『他の国とは違う』と考えるよう訴えるのは非常に危険だ」と釘を刺した。  「どんなに精度の高い攻撃でも、高齢者や子どもを含む民間人の死傷者が出るのは避けられない。われわれは軍事力という会話をやめ、文明的な外交と政治的解決の道に戻らなければならない」  素晴らしい発言である。なにやらプチーンが優れた指導者に見えてくる。腹の中は分からぬが言っていることは何処の国の指導者よりも立派でありまともだ。実際ロシアにとっては優れた指導者なのであろう。だからと言って、彼の人間性まで認めた訳ではない。あくまでも政治と言うゲームの上…

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現実逃避型民族

 この惑星の住人は実に不思議だ・・・あ、いや、元い!惑星ではなかった。国だった。  この国の住民たちは実に不思議だ。  最近気付いたのだが、この国には、議論と喧嘩の区別がないようだ。つまり、議論=喧嘩・・・だから、当然、議論はいけないこととなる。議論はいけないことであるから、人前で自分の意見を堂々と述べることは礼節をわきまえない行為として、とても忌み嫌われることになる。  私のような宇宙人には到底理解できないことだが、呑み会に呼ばれ席に着くと「オイ!宇宙人、今日は政治と原発の話は無しな。」とあらかじめ釘を刺される。  一般家庭でも、兄弟で何かの議論をしていると、「兄弟で言い争いはやめなさい!」と親が叱る。だから、この国の人たちは子供の頃から、議論はいけないことと徹底的に叩き込まれ、大人になっても議論は許されないこと思い込んでおり、そう言うことは政治家だけがやることで一般人がやることではないと思っているらしい。しかし、宇宙人の私から見ると、この国の政治家がやっていることは、およそ議論になっていない。(笑  しかし、この国の人々は、人前でモノが言えないということは、もしかしたら恥ずかしいことではないかと、薄々気付いているような節もある。だから、人前でモノを言わぬことを正当化することにも怠り無い。それにより重宝がられて使われる言葉が「賢者は黙して語らず」である。海の向こうでも「音なし川は水深し」と言う似たような表現がある。  お喋りは女のすること。立派な男はぺらぺら喋らぬもの…

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福一はいまでも進行中

 チェルノブイリも福一もまだ現在進行形だ。  原子爆弾は爆発直後が最悪の時であるが、メルトスルーした核燃料が何処にあるか?どうなっているかさえ皆目見当もつかない福一は最悪の時を過ぎたのかどうかさえ分からない。落ちた核燃料次第ではまだまだ状況は悪くなるかもしれない。こんな状況が延々と続くのだ。ある意味、核兵器より怖い原発。あなたはこの存在を許すのですか?経済発展と言うさもしい目的のため、日本の未来を捨てるのですか?子供たちの未来を我々世代が奪っていいのですか?  脱原発を達成して日本の未来を取り戻すか、それとも原発とともに心中の道を選びますか?  この参院選がヤマです。みんなで脱原発を誓い、日本の未来を取り戻しましょう。  原発推進派によって剥ぎ取られた日本の未来、強欲主義者によって奪い去られた日本の自由と平等、今こそ取り戻そう、日本を。 http://www.youtube.com/watch?v=qskr83JSy_g

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「ねじれ」とは何ぞや!?

 「ねじれ、ねじれ」と、馬鹿の一つ覚えのような報道が実にウザい。  衆院と参院における勢力の逆転現象を言うらしいが、そんなの、二院制なら当たり前のことで、ねじれでもなんでもない。むしろ、衆参両院で勢力の逆転があるからこそ二院制の意味があると言うものだ。  両院で与党が多数を占め、衆院で可決したことを「ホイホイ」と参院でも追認していては二院制の意味は全くない。  そもそも、二院制とは、片方が誤った決議をしたとき、もう片方でそれを見直すことを促すためにある。或いは、国民が片方の選挙に於いて誤った選択をしてしまったとき、その院の暴走を食い止めるためにあるのだ。故に都合によっては、大袈裟だが、「良識の府」とも言われることもあるのである。  これを「ねじれ」とか「決められない国会」とか称し、あたかも罪悪のように印象付ける報道は、来たるべき参院選に於いて与党に投票するよう有権者の意識を誘導するためのものに他ならないのだが、マスメディアの誘導に乗せられやすい日本人の国民性、実に心配だ。  もし参院で勢力の逆転がなかったら、この国は自滅に向かって突き進むことは火を見るより明らか。それを何とか踏みとどまらせているのが今の参院であろう。  元々、民主主義とは手間も隙も金もかかるものだ。それを「決められない国会」と決め付けるは独裁を待ち望んでいることに等しい。  今、将に熱い夏を迎えようとしている。参院選の結果次第で、第二次世界大戦前夜のような状況を生み出すことにもなるだろう。手間も暇も金もかけて民主主義…

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晩秋の金時山散策

 過ぎ行こうとしている秋を惜しみつつ金時山を歩いた。    ツルリンドウ    リュウノウギク      晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 もとの姿は 変らざりけり   (山岡鉄舟)  山頂には、今にも零れ落ちんばかりの大勢の老若男女が、富士が姿を現す瞬間を今か今かと待ち構えている。(笑)   それはまるで山の向こうになにかいいものが隠れているようにも見える。  ふと、昔覚えた詩が口をついて出てくる。      山のあなたの空遠く 幸い住むと人のいう。       ああ、われ人ととめゆきて、涙さしぐみかえりきぬ。      山のあなたになお遠く幸い住むとひとの言う。     (カール・ブッセ、上田敏訳)  我々はもう待ちきれない。  さて、下りるとしよう。  BGM付き大画面のスライドショー(デジブック)で、もう一度ご覧下さい。但し、とても重いサイトなのでパソコンでないと閲覧できません。  下のサムネイル画像をクリックし数秒お待ちください。重いサイトなのでダウンロードに時間がかかります。  新しいページが開かれたら、画面下部右端のデスクトップのマークをクリックし、フルスクリーンモードでご覧下さい。           

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箱根仙石原・長安寺の五百羅漢

 シュウメイギクもイワシャジンも色あせた10月、お気に入りの寺を訪ねる。  やるせない気持ちを羅漢さんたちにぶつけてみたかった。しかし、彼らは何も答えない。  10月も後半に入ったが、温暖化の影響か、寺の境内の木々たちは初夏のように青々としている。  脱原発のことを話すと友人たちは言葉にこそ出しはしないが、「やめてくれ~」と顔に書く。  飲み会で、乾杯の前に、「風チャン今夜は原発の話はなしな」と釘を刺されたこともある。  日本で生まれ、日本で育ち、日本から離れたこともないのに、なぜか俺は異邦人。  やれやれ、またまた得意の迷子になってしまった。  BGM付き大画面のスライドショー(デジブック)で、ご覧下さい。但し、とても重いサイトなのでパソコンでないと閲覧できません。  下のサムネイル画像をクリックし数秒お待ちください。重いサイトなのでダウンロードに時間がかかります。  新しいページが開かれたら、画面下部右端のデスクトップのマークをクリックし、フルスクリーンモードでご覧下さい。           

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浜岡原発の再稼働の是非を問う住民投票条例案について

 9月29日付け・風の記のままに気」ブログ記事・「住民投票と国民投票について」の続きであるが・・・。  9月26日付け・中日新聞の報道によると、県議会最大会派の自民改革会議は二十五日、条例案の修正案を作らないことを決めた。市民団体が作った条例案は不備があり、否決される見通し。住民投票実施に前向きな川勝平太知事は議会に条例案の修正を要請しており、第二会派の民主党・ふじのくに県議団が修正案を作るかが焦点となる。  県議会の過半数を占める自民改革会議の杉山盛雄幹事長は、修正案を作るには署名した約十六万五千人への説明が必要だと指摘。全ての同意を得るのは困難で「会派として修正案を作る考えはない」と話した。  一方、9月28日付・中日新聞には、民主も修正案作らずと言う見出しが躍っていた。その理由としては、「修正案も検討したが、原案と乖離(かいり)してしまう」と紹介されている。  これにより、条例案成立は極めて困難な情勢になった。  それにしても、自民会派の修正案を作らない理由の「署名した約十六万五千人への説明が必要だ。全ての同意を得るのは困難」と言うのは驚くべき詭弁。署名した人たちはそんなことは求めていないことは誰の眼にも明らか。呆れた詭弁と言わざるを得ない。  署名した人たちの気持ちは、「浜岡原発の再稼動是非の県民一人ひとりの意思表示を県民投票と言う形で発信できればそれで良いと言う極めてシンプルなものであることは、誰の目にも明白である。修正案の内容にはさほど拘りは無いはずだ。 …

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住民投票と国民投票について

 住民投票や国民投票については、「議会制民主主義を否定するもの」とする考え方と「住民或いは国民の当然の権利」とする考え方に分かれるが、私は、「あたり前のこと」と考える。  そもそも、真の民主主義とは、誰に訊くまでもなく直接民主主義である。しかしながら古代ギリシャの時代と違い、現代社会はあまりにも人口が多い。多い人口で直接民主主義を行うは甚だ非効率と言える。そこで、その効率の悪い直接民主主義を補完するために考え出されたものが間接民主主義であり、我が国ではこの間接民主主義である議会制民主主義を採用しているのである。  議会制民主主義とは、予算等の年中行事や、社会の行方を左右するには至らない重要でない事案については、主権者である住民や国民が、代議員と首長に「よきに計らえ」と任せているが、憲法改正や社会の行く末を左右しかねない重要な案件までは任せてはいない。が、しかし、ここのところを勘違いしている代議員や首長は国にも地方にも数多く居る。  健全な民主主義社会においては、社会の行く末を左右するような重要な案件を住民投票或いは国民投票に計って決するは当たり前のことであり、これは不文律である。不文律ではあるが、憲法改正だけは軽々に改悪されることがないよう、態々、衆参両院でそれぞれ三分の二以上の賛成によって国民投票がなされると規定し、ハードルを高くしているのである。そのために文章化されていると考えるべきだ。であるから、憲法改正以外の、社会の行く末を左右しかねない重要な案件は当然住民投票なり国民投票なりに…

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もののふの八十娘子らが汲みまがふ寺井の上の堅香子の花

 堅香子(カタカゴ)の花とはカタクリの花のことだそうな・・・そしてタイトルの歌はご存知、万葉集に収められた大伴家持の歌である。カタクリと聞くと、この歌が頭に浮かぶ。  また、カタクリと言うと、薄紫色の下の写真のような花を思い浮かべるのが、普通のことであろう。  私の大好きな花であり、高貴な色合いもさることながら、この反り返った凜とした様がたまらない魅力だ。  先日、新潟の小千谷に住む友人が、城山に登った折、白いカタクリを見つけたと携帯で写した写真をメールで送ってくれた。           (撮影者:入路さん)  上の写真が登る際に写したもので、下が下山の際の写真だ。下山までの短時間と思われる間に朝日を充分に浴びたと見えて、とても華奢な佇まいながら、反り返った花弁は、カタクリ特有の凜とした雰囲気を醸し出している。           (撮影者:入路さん)  これは!別嬪さんだ!華奢な身体つきで、恥らうように俯いているが、それでいて凜としている。将に、男心をくすぐる大和撫子である。  白いカタクリについては、劣性遺伝の発現によると言う説が有力らしい。それ故、育ちにくく、ただでさえ花をつけるまでに7年かかるといわれているが、その間に枯れてしまうものも多いと推測されるのだろう、1万株に1株と言う希少な確率でしか見ることは叶わないとのこと。そう聞くと余計のこと愛おしい花である。  こんなに清楚で美しい花である。大伴家持さんは見たであろうか?思いは万葉の…

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尾崎咢堂

 2012年4月13日、高尾山ハイキングの後、その足で尾崎咢堂記念館を訪ねる。  尾崎咢堂とは尾崎行雄の雅号(ペンネーム)なそうな。  咢堂は、真の民主政治と世界平和の実現のために、その一生を捧げた政治家であると聞き及んでいる。現代の、自身の保身と利権にしか興味のない腐敗した政治家どもと比較するのは憚られるが、死後50年を経過して、今尚フレッシュな政治家として私の目には映る。  「人生の本舞台は常に将来に在り」と言う名言を残した通り、95歳で没するまで、民衆の幸せを追求することに常に挑戦し続けたようだ。彼の爪の垢を煎じて、現代の政治家どもに飲ませたいものである。(笑  また、日米友好の証と謳われるポトマック河畔の桜は有名であるが、これを日本からアメリカに送った立役者の一人としても知られている。丁度今年は、その桜の苗木3000本が東京市からワシントンに送られ、ポトマック公園に根付いて100年目に当たるそうだ。  この時期、尾崎咢堂記念館の借景は桜。咲くときも散るときも潔しとされる桜が、実に潔い政治家であった尾崎咢堂の生誕の地を飾っていた。  生涯現役で、今風に言えば決してブレることなく民衆の幸せを追求し続けた政治家であるが、ブレないといえば、その正反対にブレっぱなしで最近名を馳せているのが我らが枝野君であろうか?  問うに落ちず語るに落ちるとはこのことだろう。  「大飯原発再稼働は京都と滋賀等の地元の理解が大前提。」  「経済などに与える問題も重要だが、原発事故…

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核兵器は抑止力となり得るか

 最近、北朝鮮、韓国、中国、ロシアの国境周辺での動きを報じるマスメディアが増えているように見える。  それに呼応するかのように、政治家等々影響力のありそうな人たちの日本に対する諸外国の領土的野心を訴える言動も目につくようになってきた。マスメディアの報道や著名人たちの発言の目的は、外国の脅威を訴えての軍備増強論である。特に、諸外国と対等に渡り合うためには、核兵器を保有するしかないと言った論調が大勢を占めている。核兵器を保有することは、諸外国の我が国の領土に対する最大の抑止力となると言うのが核武装論の根拠となっているようだが、核兵器は本当に抑止力と成り得るであろうか。  誰もが分かっていることだが、核兵器は実際に使ったら終わりである。放射能で汚染させてしまったら、その土地は使うことができず、従って占領もできない。つまり、核兵器で攻撃してしまったら、その戦争の目的である領土的野心を満たすことはできない。即ち、核兵器の保有はあくまでも脅しが目的であり、実際には使えない兵器であることは誰にでも分かっていることである。  また、核兵器は先制攻撃用の兵器であって、核兵器で攻撃されたらその報復で使用すると言う兵器ではない。何故なら、核兵器で先制攻撃を加える場合は、報復されないように、相手国を壊滅状態にするだけの弾頭数を打ち込む必要があるからだ。核兵器で攻撃される時は、日本の場合、この狭い列島に何十発と降って来ると思った方がいいだろう。着弾したら、例え核兵器を保有していたとしても報復する状態ではないと言え…

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大地を海を空を、次世代に引き渡すために

 第三の火  さて・・・この国はどうしたものだろう???などとデカイ口を叩ける立場にはない。言い変えよう。さて、この国はどうなるのだろう?  いまだ収束の兆しさえ見えない福島第一原発人災事故。終息の形及び時期は神のみぞ知るところであろう。この事故に関しては今のところ収束と言う文字は使えない。手がつけられない状態のまま終息と言う可能性も充分含んでいる。  困った時だけ勝手に、「神様・・・」と心の中で呟いたことは何度かあったものの、今まで神も仏も本気で信じたことはなかった。しかし、今回の福島第一原発人災事故に限っては、いくら否定しても神の存在を感じずにはいられない。  他の国とは違う。広島・長崎の悲惨な歴史を持ちながら、第五福竜丸の悲劇を経験しながら、そして、東海村の臨界事故を起こしながら、核と決別できなかったこの国の民に神が怒っているとしか思えないような事故経過である。  冷やそうにも水がない。水を送ろうにもポンプが動かない。非常用電源であるディーゼル発電機も動かない。その動かない原因も、機械を今まで動かしたことが無いからなのか、故障なのか、燃料が無いからなのかも、訳が分からない。そのディーゼルの燃料タンクは態々波にさらってくださいと言わんばかりの海際に設置してあった。やっと注水すればガシャ漏れ。漏れた汚染水は海に流れ汚染を拡大させ、或いは建屋の地下に溜まり、作業を難航させる。そして遂には、実は事故当初から炉心溶融が起きていて手の打ちようが無い状態だと。更には収束の目処も立たない原子炉…

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いまだ冬の眠りから覚めやらぬ太郎坊~幕岩~双子山ルート

 4月29日、俗に言うゴールデンウィーク初日、一人山に入る。  ただでさえシルバー世代にはあまり関係のないゴールデンだが、今年は殊の外、ゴールデンが空々しい世相となってしまった。  毎年連休に合わせて、富士登山口への進入路が開通するのだが、今年は富士宮口への進入路が地震のためいたんでいるとかで、開通は一ヵ月ほど遅れるとのこと。よって、普段から人気薄の御殿場口でも少しは混んでいるかな?と思いつつ行ってみると、殆ど人気はなく、連休突入なのにいつもより寂しい感じ。  地震の後、富士山の宝永火口の形が変わってしまったと三島方面ではもっぱら評判だが、沼津からの富士の眺めは愛鷹山に遮られ、宝永火口の形はあまり良く確認できないせいか、そんな話は出ていない。  ヨシ、この目で見てやろうと太郎坊に入った。  太郎坊から幕岩を経由してカラマツ林を登って行くと、四辻(あまりアテにならない地名)と言うところに出るが、そこまで行くと宝永火口の下部の溶岩が競り出したところが見える。普段から今にも転げ落ちそうな巨大な溶岩の塊が火口の下部にせり出しているから、地震で崩れるとしたらそれだなと見当をつけていたのである。  残念ながら、下界はよく晴れていたが標高1400メートル辺りから眺めると上の方は曇っており、宝永山も富士山頂も望むことはできない。しかし、折角ここまで来たのだからと、幕岩方面に向かって雑木林の中に入る。  山はまだ冬の眠りについていた。或いは春眠暁を覚えずと早春の惰眠を貪っているのだ…

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お役所仕事とそのご都合主義(選挙管理委員会編)

 今月は統一地方選挙とかで、私の住む街でも10日に県議会議員選挙、24日に市議会議員選挙があるそうだ。  この非常時に月に二度の選挙とはとんでもない。どうして一緒にできないのだろう。第一、経費の無駄遣いである。疑問に思うと腹に仕舞っておけない質は死ななきゃ治りそうもなく、無理に我慢するのは健康に良くないと(笑)、早速、市の選挙管理委員会に電話。  電話に出た選挙管理委員会の職員にその旨伝えると、「ちょっとお待ちください」と困ったような声で答えてから、ちっとも応対しない。多分、誰か他の者に振ろうとしているなと想像は容易に付く。大分経ってから、誰も代わってくれなかったのか再び同じ人物が電話に出た。  「これは国の方で決めたことでして・・・」と、どうも歯切れが悪い。  「それはおかしいな。先日、地震の被害が大きかった浦安市の市長が、選挙どころではないと、選挙は行わない旨発言したところ、選挙をやるかやらないかは市長が決めることではない、市の選挙管理委員会が決めることだ、と片山総務相が一喝したではないか?国にとやかく言われずとも市の選管の良識で決められるのではないかね?」と再度尋ねると、「選挙日程については法律で決められているので、市の方では何とも・・・」とまたまた歯切れが悪い。  「本当に法律で決められているのかね?では、確かめるので、総務省の担当部署とその電話番号を教えなさい。」  すると、「総務省・選挙課になります。電話番号は03-5253-5566になります。」と今度ばかりは歯切れの良い…

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国破れて山河あり

 4月2日は、昨年に続き同級生たちと、三島市にある遺伝学研究所の一般公開の桜見物に出かける約束が1年前から交わされていた。が、しかし、そこへ3月11日の東日本大震災。世界を震撼させ、全ての日本人の気力を打ち砕く大惨事が発生してしまった。貴い多くの人命が失われ、被災された方々の深い悲しみ悔しさを慮ると、とても花見どころではない。あの日以来、殆どすべての行事やイヴェントが中止されている。  貴い命と深い悲しみ悔しさの回復は困難であろうが、地震・津波と言う自然災害だけであれば、どんなに多大であろうが物的な損害は何時の日か必ずや復興できたろう。しかし、安全性より経済を最優先した邪悪な強欲主義が作り出した放射能汚染と言う人災が追い打ちをかけてはそれも不可能になってしまう。  被災された方々の深い悲しみと、国の行く末を考えると、自然と頭は垂れたままだ。とても花見など出かける気になれない。そこへ友人からメールが届いた。  「個人的には実施すべきと思っています。中止にして、ジット家の中でテレビを見て 暗くなっていてもしょうがない。日本の四季折々の景色の素晴しさを改めて思い、これを守っていく事が基本だ と皆で感じる事が 大切と考えています。もし 皆の意向で中止になるようでしたら、同じコースを家族・親戚で廻ろうと思っています。」  そうなのだ。彼の言うとおりである。被災しなかった我々が下を向いていては、被災した人たちを元気づけることもできない。かと言って、腰痛持ちの初老に差し掛かった男が、現地に行って…

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チングルマの種子は、花穂と書くか?果穂と書くか?

 2010年8月19日付ブログ記事・「 果穂について・・・」の続編のようなものだが・・・  上の一枚目の写真はチングルマの花である。また二枚目三枚目の写真は、そのチングルマの花の後の状態である。恐らくは種子がススキのように穂状になったものであろう。  この夏、尾瀬で初めて出会った植物。  早朝、尾瀬ヶ原を散歩すると、朝靄立ち込める中、異様に存在感を示す植物があった。同行の同級生に聞くと「チングルマの花の後の状態だよ。」と教えてくれた。  朝露をダイヤモンドのアクセサリーのように身に纏い輝いていた。花の時期を過ぎても尚も煌めこうとするかのようなこの花の佇まいにとても興味を覚えた。  家に帰ってからも、この花の印象が頭の片隅に残っており、尾瀬の植物図鑑で調べてみた。すると、果穂と表示されており、「春は花、夏は果穂、秋には紅葉とそれぞれの季節を楽しむことができる」と解説が書かれていた。  なるほど・・・花の後だから種子なのだろうが、普通の種子と違い、とてもお洒落な種子だから、このような形状の種子の集まりを果穂と呼ぶのだな、と素直に思った。ついでに恥を忍んで書き添えるならば、無学な拙者はカスイと読めずカホと読み、「う~ん、カホと言う響きもいいじゃないか」と1人悦に入り、益々このチングルマの種子への興味を深くした。  それから暫くして・・・  つい先だってのことであるが、庭のクレマチスの花の残骸に、ふと目が行った。    おお~!これも果穂かな…

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青島広志のコンサート&トーク 4大テノール+1 夢の饗宴

 青島広志・・・テレビ等でもう御馴染の顔なので、今更拙者なんぞが紹介するまでもないが、表題のコンサートに毎回、友人が4大テノールの1人として出演しているのでちょいとばかし宣伝に協力したい。  普段、音楽とは縁遠い生活をしているので、コンサートなるものには殆ど興味はなかったが、何年か前にこの青島広志のコンサート&トークの地方公演があり、隣街の富士市で開催された折に初めて体験した。  肝心のコンサートもさることながら、青島広志の喋りが素晴らしい。  音楽にさほど興味の無い拙者ですら、ぐぐっとひきこまれて聴き耳を立ててしまう巧さである。  とっつきにくい音楽の専門用語等を分かりやすく解説してくれ、敷居の高いクラシック音楽を一段と身近なものにしてくれる。  例えば、テノールと言う言葉は以前から知っていたが、そのテノールにはリリコとかドラマティコとかレジェロとかいろいろな音質があると言うことを、歌手の生の声を聴かせながら解説してくれてとてもよく理解できる。  是非、お勧めのコンサートである。  拙者も一度聴いてすっかりファンになってしまったのだが、なかなか東京までは出て行けない。地方公演をやってくれればいいのだが、田舎町での公演では採算がとれないのだろう。と言うことで、何年もの間なかなか行けずにいるが、今年こそはと思っていが・・・業務研修と重なっていた。残念!  詳細は次の通り。

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小林繁男、母校で語る

荒廃した熱帯林の修復は地球を救うか?―熱帯林とともに暮らす人々―  2009年の夏のことだった。還暦を記念して同級生16名で尾瀬に旅した。憧れの尾瀬ヶ原に立っていた仲間の誰もが、その美しく広大でピュアな大自然に驚嘆し、その地から離れがたい思いにかられていた。  トレッキングシューズの靴底は強力な接着剤で貼り付けられでもしたかのように、尾瀬の木道にぴったりと貼り付き動こうとしなかった。  「こんなに素晴らしい空間があるのに、明日は家路につき明後日からはまた仕事か・・・」1人の男を除いて誰もがそんな思いにかられ足がすくんでいた。  「みんな!ワリイな。俺は好きなことをしてれば食ってけるんだよ。」  1人の同級生が皆の心の内を読みとり、おどけたように口にした。  そうなんだなあ~、こいつだけは特別なんだ。彼は常時こう言った自然の中に身を置いていられる羨ましい存在。だが、それは、今まで彼が積み重ねてきた努力への天からの贈り物。彼が常に自然の中に身を置いて生活できることを羨ましいとは思っても憎たらしいと思うものはそこには誰もいなかった。誰もが、彼が常に大自然と向き合って生活できることを当然のこととと受け止め、彼の発言に納得していた。  その男の名は小林繁男、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授。  彼は、高校のクラブ活動で、生物部員として初めて尾瀬に連れてこられ、その尾瀬の自然の素晴らしさに感動し、「俺は生涯、こう言う素晴らしい自然とかかわって生きてゆきたい。」そう心に刻んだ…

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夏の思い出

 真夏の太陽に照りつけられた灼熱のコンクリート、今にも熔けだしそうなアスファルト。  足もとからジリジリと伝わる放射熱。体中から滲む汗。額から滴り落ちる汗粒・・・暑さに締め付けられ今にも止まってしまいそうな心臓の鼓動。  コンクリートジャングルを歩く、そんな市民をホッとさせてくれる光景に出遭った。  街中を流れるせせらぎ。市民が憩う場所。  思わず「蛙飛び込む」と言う言葉が口先からこぼれる光景。  子供たちが夏の暑さから逃れようとせせらぎに飛び込む。  昔、見たことがあるような風景。懐かしい。自分も一緒に飛び込んでみたくなる日本の原風景。  そんな思いを彷彿とさせる光景を温存した街、三島市。    三島・楽寿園の小浜池の直ぐ南側に湧きでる清水を源流とする源平川の片鱗を垣間見た。  ほんの一コマを一瞬垣間見ただけで涼を呼んだ。  この街には「コンクリートから人へ」の文化が感じられる。「住んでいてよかった、或いは住んでみて良かった」と言う街づくりの哲学が感じられる。一方、私の住む隣街は、鉄道高架化と言う相変わらずの箱もの行政に目が眩み、たった20万の市民で既に抱える借金1千4百億円に飽き足らず、総工費2千億円と言われる鉄道高架化事業の地元負担分600億+周辺事業費を入れれば1千億円は行くだろうと言われている負担を抱えようとしている。この1千億円を30年で返済するともくろんでいるから、その金利を入れれば2千億円になりなんとする。つまり既にある1千4百億円の借金に加え…

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俺たちの夏草冬濤

 「げたばき会」の友逝く  下駄(げた)の歯が また欠けたるや 蝉(せみ)時雨  30代の初め、高校の同級生7人の飲み仲間を「げたばき会」と名付けた。早くに1人を失い、また1人亡くなった。この夏、鬼籍に入った男は、東京農大生のころからアジアや中南米に興味を持ち、「将来、現地で支援活動をしたい」というのが口癖だった。  50代半ばで子育てが一段落。JAを定年退職後、長年の夢を果たすべく、単身、タイに渡って農業技術の指導を始めた。退職金を投じて灌漑(かんがい)用の井戸を3本掘り、2本を掘り当てた。現地の喜びと感謝は言うまでもない。  面白い話を聞いた。彼の知人の日本人農業技術者が、タイの稲作農家に日本式の米作りを教えたら、秋に例年の2倍の収穫があった。ところが、翌春、その農家は米を作ろうしない。「去年、2年分の米がとれた。来年また、2年分を作ればいいさ」と言ったという。バンコクの争乱を聞くたびにこの話を思い出す。  帰国中に持病が悪化し、病院で息を引き取った。死に顔が安らかだった。好漢、山田恭輔・享年63歳。【中村隆】  上述の文章は、平成22年8月4日付、毎日新聞・静岡版のショートメールと言うコラムの記事の無断転載である。筆者は毎日新聞の中村隆記者である。中村隆記者は私の高校時代のサッカー部の二級先輩の山田恭輔キャプテンの親友であるから、やはり先輩と言うことになる。無断転載であるが、先輩は怒りはしないだろう。  記事のコピーを友人が送ってくれた。私にとっ…

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尾瀬の曙

 山小屋の窓から外を眺めれば、朝靄の中に尾瀬の湿原が見え隠れしている。  朝食は6時・・・時間はまだ充分にある。朝食後は至仏山を登って鳩待峠に出て帰宅するので、尾瀬ヶ原と名残を惜しむには今しかない。  7月19日早朝(4:30頃)、朝靄の立ち籠める尾瀬ヶ原を歩く。  「やうやう白くなりゆく山際、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」と、清少納言の枕草子の一説を口ずさみたくなるような幻想的な雰囲気の中で湿原は目覚めようとしていた。 湿原一帯に広がるワタスゲたちが朝露を吸って風にたなびく。 白髪を振り乱してヤマンバが飛び出してきたようだ。(笑  可憐なトキソウが瑞々しく自己主張している。  花期を終えたチングルマが朝靄の中でよみがえる。煌めくダイヤモンドを体中に散りばめ湿原の淑女として復活だ。  こんな幻想的な雰囲気の中では蜘蛛さえも、いっぱしの芸術家だ。魔法のオブジェを仕上げていた。  憐れキンコウカは湿原の魔法使い・蜘蛛の囚われの身となった。  魔法使いがいれば妖精も居る。続いての登場は、湿原の妖精・ギンリョウソウ。  やや、こいつは変な奴。やはりギンリョウソウだろうか、それとも、鬼太郎さんのお父上か?  お口直しに清楚な花を一輪。  最後まで名前が分からなかったが、“はなせんせ”のご教授により、オニシモツケと同定。      尾…

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日本盲導犬総合センター“盲導犬の里・富士ハーネス”を尋ねる

 父親が点字印刷などの活動していたので、その意思を継ぎたいと、盲導犬の訓練所でデモンストレーターをしている友人の奥方から、一度見学に来ないかと誘われていた。それは、私の犬好きを知ってのことであるが、二年半ほど前に最後に飼っていた愛犬ジャッキーに死なれ、もう犬は飼わないと決めていたので、可愛い犬を見れば欲しくなるのは必定でなかなかその気になれなかった。  GWに入り、海外旅行にも行ける身分でもないし、昨年結婚した娘夫婦が訪ねて来て、やはり犬好きの娘に促され、その希望、漸く実現できる運びとなった。  混雑は予想されたが5月2日、日本盲導犬総合センター“盲導犬の里・富士ハーネス”を訪ねてみた。  施設は、富士山の懐に抱かれた朝霧高原の一角にあった。  西側に大分回り込んだ位置のため、痛々しい大沢崩れがど真ん中に見える普段見慣れた富士山とは大分異形なものであるが、荒々しくも雄々しい富士を間近に望むことができる。  入場は無料であるが、寄付により運営されている施設のため、入場の際には一人当たり500円程度、或いは家族で千円程度の協力をお願いしたいとのこと。  施設に入ると、先ず、盲導犬のPR犬に迎えられる。正確には盲導犬でなく、あくまでもPR犬。盲導犬には向かなかったがPRに向いていたワンちゃんである。  床に寝そべったラブちゃんが、先客の子供たちにいじられ可愛がられていた。  PR犬と遊んだ後は、タイミングさえ良ければ(イヴェント実施の時間は盲導犬の…

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日本代表なんのその、今年もエスパルスに期待だ

 「サッカー日本代表チームに興味がなくなっても、まだまだサッカーファン。」と言う副題をつけたい。  愛すべきジーコを応援するため、サッカーブログとして立ち上げた我がブログであったが、そのジーコに期待を裏切られ、オシムでうんざりし、こともあろうにフランスワールドカップで代表監督の器ではないことは既に立証済みだったはずの岡田監督の再びの就任で、代表チームへの興味は決定的に薄れ、今や写真ブログに変身している。  ふと、スポーツニュースに目をやると、ワールドカップ4位以内を目標に掲げた日本代表チームが東アジア選手権で3位だって?  ほほ~っ!スゲエもんだ!アジアも強くなったものである。世界4位を目標とするチームが、ヨーロッパから見れば辺境の地・極東の4チーム中3位。つまりブービーってわけね。(爆  と言うことは、中国、韓国、日本は世界の三強の可能性もある訳で、この事実、ヨーロッパのサッカー関係者が知ったらなんと思うだろう?このとんでもない奢った発想、穴があったら入りたい。  で、地元開催の東アジア選手権でブービーに終わり、代表監督の去就問題が浮上して、2月15日に東京・本郷のJFAハウスで日本サッカー協会の犬飼基昭会長、原博実強化担当・技術委員長と、当の岡田監督とが緊急3者会談を行ったとニュースが流れ、愈々監督交代か?と期待に胸ふくらませたサッカーファンも多かったろう、が、結果は予想通り、犬飼会長は「6月のW杯南アフリカ大会まで全面支持する。岡田監督でW杯を戦う」と万歳発言!!こりゃ…

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今日の富士山

 仕事で外出したその途中、よく晴れた空の下、いつもと変わらぬ美しい富士が見えた。  生まれた時から富士の見えるところで育ち、誰でもそうだろうが、この山には特別な思い入れがある。旅行などに出かけ、遠くから帰って来て富士が見えると、いつもホッとしたものだ。  仕事などで疲れ、ふと顔を上げて富士が見えると、いつも気分を一新してくれたものだ。しかし、きょうの富士山は少し違っていた。  片山右京・・・元F1レーサーで今は冒険家と言うことだから、謂わば危険と遭遇することが商売。承知でそう言う危険なところに出かけて行くことは止むを得ないのだろう。プロの冒険家に私のような山の素人が何も言うことはないが、ただただ残念なことである。  いつも私に英気を与えてくれる富士が、きょうはそうではなかった。  車を止めて暫し富士を眺める。  あのぱっくり開いた宝永火口の右側を通って登って行ったのだろう。  私の富士山のシーズンは4月下旬から11月の下旬まで。この間何回となく太郎坊を訪れ、頂上は目指さず標高1400mから1700m位の間を散策する。その私のフィールドの1000m程上で痛ましい事故が起き、二人の命が失われた。富士を見るといつもホッとするのにきょうは胸が痛むばかりだ。  遠くから眺めると、両側になだらかな稜線が広がり、いかにも優しそうに見える。しかし、六合目辺りから上は夏場でも夜間には過酷さを極める。私は去年も今年も太郎坊からの夜間登山を試み、寒さに耐えられずに、去年は八合目辺りで…

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しろがねもくがねも玉も何せむに・・・

 仕事の訪問先に向かうため、どうしてもとある神社の前を通らなければならなかった。  「おかしいなあ~、どうしてこんなに詰まってるんだろう?」  車のハンドルを握りながら前の車両が動き出すのをじっと待つ。  「ああ、そうか、きょうは土曜日か・・・」ひとり言のように心の中で呟く。  「それにしても混み過ぎだなあ~」  漸く前方に神社が見えて来た。  「ああ、そうか・・・」  居るわ居るわ、親ばか、爺ばか、婆ばかの行列だ。  この子の七つのお祝いにとばかり、七つよりはもっと幼い一人の姫や一人の若君に三人も四人も付き添って・・・。  中には、ビデオカメラを構えて、姫の前を後ろ向きに歩き続けるお父さん。「危ない危ない、後ろ気をつけな!人にぶつかるよ。」  「ほら、言ったこっちゃない。カメラ落とさなくて良かったね。」  俺もあんなことしたのかなあ~?四半世紀も前の記憶を手繰り寄せる。  七五三のお祝いのために、とある神社の駐車場に入る車の列が原因の渋滞。  平和なひと時。  渋滞を抜けだし手際よく仕事を片付け帰宅する。デスクに向かって書類を整理しながら、神社の前の風景を思い出す。ふと、引き出しの奥から、七五三の写真ではないが、お気に入りの写真を取り出す。自然にスキャナーに手が伸びる。  ブログに人物の写真をアップすることはまずないのだが、その禁を何故犯すかって?・・・それはこの写真が可愛いいからに決まってるでしょう。(爆  他人に見せびらかせたいからさ。…

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