風の気のままに記

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help リーダーに追加 RSS 「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。」について

<<   作成日時 : 2008/07/23 18:13   >>

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天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。(←先ずはこれをクリック)」について

 徒然なるままに、上記タイトルでブログをアップしたその日(7月22日)、奇しくも「08年版労働経済白書」が厚生労働省より発表されていた。
 白書は、「成果主義の運用見直し指摘」と題し、バブル経済崩壊後、企業が導入した業績・成果主義的な賃金制度の弊害が指摘され、運用などの見直しを求めたとされている。
 報道の具体的内容は、「パートなどの非正規雇用の増加については、労働者の仕事に対する満足度を低下させるなど問題が多いと分析。多くの日本企業が実施し、業績回復に一役買った人事政策に、白書が疑問を投げかけた形だ。」と言うもの。
 また、「これまで政府が進めてきた労働法制の規制緩和の結果、非正規雇用の代表格の派遣労働者が増加しており、こうした政策の検証も求められる。」とも。
 更に白書は、企業が導入した業績・成果重視の賃金制度について、制度を望む社員の仕事への意欲を高めるものの、処遇や賃金に満足できない労働者も多く「必ずしも成功していない」と結論付けている。その上で、制度の適用範囲を見直し、労働意欲の向上につながる部門に限定して積極活用するほか、評価基準を明確化するなど制度の運用改善が必要と訴えた。とのことであるが、全くもって当たり前のことであり、今頃こんなことに気付いたのかと、遅きに失した厚労省ののん気振りに腹が立つ。

 人間は生来強欲であるから、規制が無くなったら、スキあらば他人を搾取してでも利益を追求するのは当たり前のこと。これは当然ハーメルンの男が現れる前からのことであった。日本社会はずっと以前から、国際競争力強化という錦の御旗の下、労働者の血と汗をダンピングと言う手法に換えて輸出に腐心してきた。それは製造業に限らず今や民間の全業種に共通した手口だ。
 民間企業では非正規雇用者だけでなく、一部の資本家を除いて殆ど全ての正規社員さえも、競争原理の導入という錦の御旗の下、消耗戦とも言うべき果てのない成果主義を強いられ疲弊しきっている。
 「衣食足りて礼節を知る」と言うが、最早礼節どころかその疲弊振りは、自暴自棄になって「誰でもいいから殺してみたかった」と言う犯罪の動機にさえなっている。最早、元には戻れないのではないかとさえ思えるほど殺伐とした状況だ。その一方で、社会保険庁で懲戒処分を受け日本年金機構に不採用となった職員について、「一部は厚生労働省での採用もあるだろう。」と罪を犯しても公務員である以上は救済すると、町村官房長官が記者会見で明らかにするなど、相変わらずの“政治家天国”同様“公務員天国”振りを発揮。民間人はやってられないよと言ったところだ。

 最近、小林多喜二の「蟹工船」が売れていると報道されていた。
 『へえ〜?(@_@;)最近の若い衆でもあの手の本を読むのか!』と驚いたが、そんな今時の若者を馬鹿にしたような物言いはよくないな。(^―^)
 もう大分前のことになるが、知り合いの労働組合の幹部が、年々低下する労働組合の組織率を嘆いていたが、労働組合って今もまだ存在しているのだろうか?(爆
 時代が下るにつれ、人との係わりが希薄となり、人と人との連携を不得手とする時代である。
 蟹工船では最後に、「漁夫や雑夫たちが連帯感を持って再び立ち上がった。」と、小林多喜二の期待感を行間に滲ませながら結んでいるが、その期待は見事に裏切られ、あれから80年経った今、途中良くなりつつはあったものの、少しも進化することなく逆戻りだ。あの頃と今の違いを無理やり見出すと、あの頃は虐げられた者同士の連帯感と言うものがあった。今、それがあるだろうか?と言う事。
 しかし、時代は変わった。あの頃は連帯感を持った労働運動と言うものが芽生えたようだが、今は裁判と言う手法で虐げられた自分達の人間としての権利を回復しようと模索し努力している者も一部ではあるが現れ始めた。これもまた立派なことである。とりわけ、その手の裁判を最初にやってのけ、見事に残業代を取り返したファストフード店の名ばかり店長は現代の小林多喜二だ。
 将来、日本がファシストに牛耳られた国家でなく、万人の人としての権利を認める国家となった時には、このファストフード店の名ばかり店長は英雄として歴史に名を留めるであろう。ハーメルンの男に比べれば実に立派な男である。私は文句なく尊敬する。

 名ばかり管理職・・・実に言い得て妙である。
 気がつくと周りには、将に“名ばかり”の事柄ばかりである。
 ・実際は官僚支配国家の“名ばかり民主国家”、主権在官の名ばかり“主権在民”
 ・実際は姥捨て山のように弱者排除を考えているのに、政治家や官僚の口先だけの名ばかり福祉国家。
 ・実際は世界有数の軍事予算を支出しながらの名ばかり平和国家。
 ・正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使
  は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。この目的を達するため、陸海空軍その他の戦
  力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。とありながら全て逆の名ばかり平和憲法。

 おおっとまたまた脱線。本題に戻ろう。
 変わったところでは、M損害保険会社の代理店が、その元受会社であるM損害保険会社を訴えているという事例もある。
 (http://www16.ocn.ne.jp/~heehoken/ ←こちらを参照。)
 これはハーメルンの男の出現よりも時代をずっと遡り、素人内閣の蔵相が勇ましく言い出した金融ビッグバンに端を発する。素人故に自由化とアメリカ化を履き違え、秩序ある競争を護送船団と決め付け、仁義無き戦いを日本に持ち込んだ売国奴的行政が遠因となっている。
 M損保に限ったことではないが、「外資に負けないため」と言う錦の御旗の下、リストラの原資を代理店の手数料に求め、年々一方的に代理店手数料を削り取ったために起きた裁判である。原告の訴えは、被告の一方的な代理店手数料率の引き下げは公序良俗に反すると言うもの。
 実質は“隷属契約”または“たこ部屋契約”を強いられた“名ばかり代理店”の反乱だ。
 この手の話は、一般企業では、昔は良く労使間交渉とか言って話し合いがもたれたものだが、損保業界では、代理店委託契約という契約がありながら、保険会社は一方的に契約を反故にし、話し合いも持たずにザクリザクリと代理店の権利を蝕んだのであるから公序良俗違反どころか契約不履行が相当と思われる。ドイツではこの手の裁判は代理店側の勝訴に終わったようだが、ここは体制寄り判決の多い日本、果たしてどうなることやら。
 そもそも金融機関というガリバー企業は、損保会社に限らず横暴に過ぎる。預金者や契約者や代理店が当然受取るべき権利を少しずつ爪で掻き集めるようにして、さもしくも利益を出し、その利益をサブプライムや金融再保険などと言う、子供でも危険と分かる博打にも等しい運用方法で、つまりバケツでオン撒けるようなことをしておきながら、その責任は頬被りし、損失は別のところで取り返そうとするのであるから、図々しいにも程がある。

 見渡すと周りは腹の立つことばかりであるが、そうそう悲観したものでもなさそうだ。
 連帯感の希薄と組合幹部の独りよがりな運営が重なり組織率低下の一途を辿る労働組合の復権は期待できそうもないが、現代は、小林多喜二とは別の方法で人間の基本的権利を取り返すべく頑張っている者も少数いることは事実。先に述べた最初に裁判をやってのけたファストフード店の名ばかり店長の後に続くものも少しずつ出てきている。
 遅きに失した感はあっても、厚労省のこう言った白書も出た。
 ちょっぴり期待を持って、少しは進化するか、それとも退化するか、この世の推移を見守ってみようか。
 諭吉先生が天国で泣いていなければ良いのだが・・・。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
風さん、やっとここで勉強できます。(笑)
一昨日、テレビを見ていたら 街頭インタビューで、インタビュアーが、
「国のために死んでくれといわれたらどうしますかアアア〜〜〜〜?????」と高校1年生の男子に質問していた。で、その高校生は
『お国の為に戦争に行けという、そんな国なら滅んでしまった方が良いと思います』 と答えていた。
何て素晴らしい答えなんだ!と私は感動しました。
本当に落ちに落ちたアホで情けない政府が、危機感など全く無くやりたい放題、尻拭いは全部一般市民側・・・
出来れば政治家や大企業や成金だけで戦争してもらい
お国の為に討ち死んでもらいたいものでございます。
風さんの仰せの通りだと思います。


ウルフのスナフ
URL
2008/08/10 07:30
やあ〜ウルフさん、退院おめでとうございます。三ヶ月も入院されていたのですか。大病でしたね。でもまたこうしてまたお元気そうな証を見せていただいて良かった。「またよろしく」です。

その高校生、その感性を失わずにそのまま大人になってもらいたいものです。そう願わずにはいられません。

2008/08/10 15:07

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