晩秋の石部棚田

 収穫も終わった石部棚田を、2016年10月22日訪ねる。  緑の稲穂も、黄金色の稲穂も見ることのできない棚田はかなり殺風景。しかし、秋冷の時期の棚田は観光客は私の他、誰もいない。素晴らしい日本の原風景を独り占めだ!  海から吹き上げる秋の風が気持ち良い。  田圃もこれから暫くお休みなのだろう。  棚田に沿って連なる石畳の道が趣を醸し出している。これならばぬかるむこともない。これにより農作業は少しは助けられているだろう。  これを作るには大変な作業であったろう。ただただ頭が下がる。  次は、田植えの頃に尋ねてみよう。  BGM付きスライドショーのデジブックアルバムでもご覧ください。  http://www.digibook.net/d/4c848df3b10d9df1aa9c7c156fa35ca5/ ←PCでご覧ください。  クリックしたら次の画面のデスクトップのマークをクリックしてフルスクリーンモードでご覧ください。           にほんブログ村

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武器ではなく 命の水を~医師・中村哲とアフガニスタン20160910

 以前から凄い人だとは思っていたが、身に纏う白衣をブルドーザーに替えての獅子奮迅の活躍振り、改めて感動した。  NHK・ETV特集「武器ではなく 命の水を~医師・中村哲とアフガニスタン~」 http://www.dailymotion.com/video/x4sva35 午後11時00分からと言う年寄りにはきつい時間帯だったが、頑張って見てしまった。  紛争を武力で制圧しようとしても、それは武力での報復を招くだけだ。しかし、飢えや渇きや貧困から抜け出す支援を続けることは、どんな武力制圧よりも勝ることを彼は身をもって示した。砂漠に1本の用水路を引くことは何百人ものドクターにも勝る。そしてそれは平和運動ではなく予防と言う医療の延長なのだと医師である中村は語った。  早速、友人に紹介したところ思いがけない返信が来た。  感動したと言うメッセージに続いて私を驚かせたのは、次のような記述だった。  「ところで、この下のURLで見られる動画を見て、非常な違和感を覚えました。ここには、中村哲さんのことはいっさい触れられていず、まるで、日本政府の援助で緑化が行われたような風に表現されています。これじゃ日本政府は「サルカニ合戦」のサルじゃあないですか。 【海外の反応】アフガニスタンの砂漠が日本の支援で緑化に成功!この奇跡に世界中から賞賛の声 https://www.youtube.com/watch?v=m-kEDsdhztw (4分27秒) 日本を「特別な、よそとは違う、スゴイ国」に…

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脱原発への道は遠のくばかり

 過日、新電力のE株式会社の代理店をやっていると言う某・電話会社より電話があった。  用件は、要するに旧電力から新電力のE株式会社に乗り換えないかとの誘いである。  我が家で消費する電気を、原発に拘り続ける旧電力から、原発ゼロの新電力に切り替えたいと言う気持ちは従前より強くもっている。しかし、完全に原発ゼロの新電力は今のところ見当たらない。新電力各社の電源構成比率を見ると、少なくても数パーセントの『その他』と言う項目が必ずや入っている。この『その他』と言うのは、原発を後生大事に抱える東電等々の一般電気事業者の卸売市場から調達する電気のことであり、その中には当然、原発由来の電気も混じってしまうのである。  私は、原発ゼロに拘り続けるので、電源構成に『原発』と『その他』と言う項目のない会社が現れることを待ちわびている。原発ゼロの電力会社を選ぶことは、脱原発への貴重な一票しかない意思表示である。私はその貴重な一票の行使を原発ゼロの会社に投票するため保留している。  電話の向こうの相手に、「私は原発ゼロを目指す会社を選ぶために、新電力への切り替えはまだ保留している。」と丁重に断る。  しかし、電話の向こうの相手は、「E社は原発はやっておりません。」と食い下がる。  「原発はやっていなくても、電源構成の中に、『その他』があるだろう。その『その他』とあるのは一般電気事業者の卸売市場のことであり、その中にはどうしても原発由来の電気が入ってしまっている。」と丁寧に説明。すると相手は、「E社の場合、…

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夏、逝く

 すっかり涼しくなりました。もうこれで夏も終わりでしょうか?  夏大好き人間の私としては、短かった今年の夏に・・・お悔やみを申し上げたい。(笑)  と言うことで、凝りもせず下手糞な五目並べ。      逝く夏に線香花火を手向けたり      逝く夏に線香花火の送り火や  う~ん!相変わらず下手だな!  単なる五目並べで失礼。(笑)

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abita(アビタ)

 ドイツ在住の日本人学生の作品だそうな。  国際的な評価を受けながら、日本では賛否両論・・・と言うか、マスコミは一切無視。  私は当然のことながら評価する。        福島の少女の夢は、トンボのように故郷の山河を自由に飛び回ることだったのでしょう。しかし、無慈悲な放射能は少女から翼をむしりとり、二度と飛び回ることを許さない。トンボの羽音はいつしかガイガーカウンターの鳴動にかわってしまい、福島の子供たちの夢を打ち砕いてしまった。  なんともやるせないアニメで、胸が締め付けられる。  国破れて山河あり・・・かつては、たとえ戦に敗れて国が滅んだとしても、故郷の山や川等の自然は元の懐かしい姿のまま存在している・・・と慰められたものだが、放射能は、人々が故郷に戻ることを許さず、人々の心のよりどころであった故郷の山河を眺めることさえ許さない。  一部の強欲な人間がもたらした放射能と言う邪悪な存在は、残酷にも、今なお、いや未来永劫にわたって福島の人々を苦しめることになるだろう。一歩間違えば日本全体がそうなっていただろう。その危機は今なお解消されていない。福島は日本の縮図であり、日本全体が明日は我が身なのである。

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現実逃避型民族

 この惑星の住人は実に不思議だ・・・あ、いや、元い!惑星ではなかった。国だった。  この国の住民たちは実に不思議だ。  最近気付いたのだが、この国には、議論と喧嘩の区別がないようだ。つまり、議論=喧嘩・・・だから、当然、議論はいけないこととなる。議論はいけないことであるから、人前で自分の意見を堂々と述べることは礼節をわきまえない行為として、とても忌み嫌われることになる。  私のような宇宙人には到底理解できないことだが、呑み会に呼ばれ席に着くと「オイ!宇宙人、今日は政治と原発の話は無しな。」とあらかじめ釘を刺される。  一般家庭でも、兄弟で何かの議論をしていると、「兄弟で言い争いはやめなさい!」と親が叱る。だから、この国の人たちは子供の頃から、議論はいけないことと徹底的に叩き込まれ、大人になっても議論は許されないこと思い込んでおり、そう言うことは政治家だけがやることで一般人がやることではないと思っているらしい。しかし、宇宙人の私から見ると、この国の政治家がやっていることは、およそ議論になっていない。(笑  しかし、この国の人々は、人前でモノが言えないということは、もしかしたら恥ずかしいことではないかと、薄々気付いているような節もある。だから、人前でモノを言わぬことを正当化することにも怠り無い。それにより重宝がられて使われる言葉が「賢者は黙して語らず」である。海の向こうでも「音なし川は水深し」と言う似たような表現がある。  お喋りは女のすること。立派な男はぺらぺら喋らぬもの…

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沼津市の津波対策を考える

 (※画像をクリックすると拡大されます。)  新東名高速道路・駿河湾沼津SAから南方向を見下ろすと、我が街・沼津市が広がっていた。  爽快な眺めである。  この爽快な景色を眺めていて、テレビのニュース番組で、昨年から何回となく繰り返し放映された3・11の津波のシーンが蘇ってきた。東北地方の街が次々に津波に飲み込まれて行く悪夢が鮮明に蘇って来る。  もし、東海・東南海・南海連動地震が起きたら、この街はひとたまりもないだろう。内浦の重須地区一村が高台移転すればそれで済む問題ではない。沼津市全体が高台に移転する必要がある。しかし、それは不可能なこと。  とは言うものの、できうる限り高台に移転した方が良い。  沼津市の津波の問題については、昨年7月7日付けブログ記事・行政の想定する災害の規模(例えば沼津市の場合?)(←クリックしてください)でも書いたが、書き足りなかったのでもう少し書き加えることにする。  こうして、愛鷹山の丘陵地帯に立地する新東名・駿河湾沼津SAに立つと、「沼津にはこんなに素晴らしい高台があるではないか」と天が囁いた。  移転可能な住宅や商業施設はできうる限り、この丘陵地帯に移した方が良い。  駅の高架化事業なんてさっさと止めて、それよりも、その何倍も何十倍も費用がかかろうと、工期が百年かかろうと、この駿河湾沼津SAを起点に、旧東名愛鷹P~旧東名沼津IC~JR沼津駅~蛇松緑道を通って、港湾までモノレールを通した方がどんなにか有効であろうか?で…

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浜岡原発廃炉に向けて

 2012年3月15日、沼津市議会二月定例会最終日のこの日、「浜岡原発廃止と使用済み核燃料の安全な保管及び再生可能エネルギー実現への政策転換を求める意見書」が採択された。      (↓2度クリックすると読みやすい大きさになります)  条件付と2議員退席と言う点で少々潔さに欠けるが、保守の牙城・沼津としては精一杯だろう。半歩前進と考える。議会に続き、市長にも、今までの発言を取り消し、考えを新たにし、人間性のある所信を表明してもらいたいものである。そうすれば一歩前進と捉えることができるというもの。  また、東電労組出身議員の退席理由として「中部電力に対し、東電出身の身でとやかく言える立場にない」との釈明が記されているが、それは違うのではないか?・・・東電出身だからこそ、国民に、また、他の電力会社に多大な迷惑をかけたからこそ、反省をこめて、浜岡だけでなく、東電管内においても、また、他の電力会社管内においても、原発は全廃すべきとの理由で発案者にも名を連ね、賛成すべきではないだろうか?  もう一人の退席理由の「再生可能エネルギーはいまだ開発途上。踏み込んだ決定をするにはもう少し時間が必要なのではないか。」・・・これも違うのではないか?そんなこと言ってる場合ではないのだ。これ以上、国土が放射能に汚染されたら、エネルギーの安定供給があろうがなかろうが、この国に未来は無いのだ。物事の本質が分かっていないようで非常に残念である。  しかし、昭和62年2月、72,911筆の市民の切…

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シンポジウム「東海地震と浜岡原発」~今、私たちにできること~

 4月7日に下記シンポジウムが開催されるとのこと。  開場 13:00~  開演 13:30~16:00  会場 静岡県コンベンションアーツセンター グランシップ11階 会議ホール「風」  参加費 500円   定員 500人  (下のチラシ画像は、2回クリックすると見やすくなります。)  脱原発のためなら、できうる限り何でも協力したいが、友人知人から色々な会の色々な催しへのお誘いがかかる。  しかしながら、私のような一般人には何がなんだか判らない。なんとか一つになれないものか?  分散している力を結集させれば力になり運動になるが、一人或いは小グループではアピールに過ぎない。  脱原発も現状ではまだアピールの域を脱してないのではないか?全国の力を一つに結集して大きな力にすることはできないものだろうか?  アピールの段階だけで終わらせてはならない。

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表参道

 ちょっと表参道へ・・・なんて言うと、口の悪い友人には、「ええっ!何を血迷ってるの?あんたの行くところはジジババの原宿と言われている巣鴨のとげ抜き地蔵でしょう!」とやられそうだが、友人の出演するコンサートが表参道であったので仕方がない。この日ばかりは堂々と表参道へ。(爆  やはりハイセンスな街はいいね。  実年齢はそうは行かぬが、気持ちだけちょっと若返って、暫し表参道を満喫しよう。  さて、そろそろシンデレラがカボチャの馬車に乗って到着する頃だ。  時期も丁度ヌーボー解禁の翌日でもある。イタリアンで食事してコンサートに出かけるとしよう。    ここで、表参道ヒルズ地階のイルミネーション、動画でじっくりご覧ください。      夜も大分更けて来た。  そろそろお迎えの馬車も来る頃。  大画面のスライドショーで、もう一度お楽しみください。 下のデジブックのサムネイル画像の上でクリックし、開かれた新しいウィンドウの画像下右端のデスクトップのマークをクリックし、フルスクリーンモードでご覧ください。  重いファイルのためダウンロードに少々お時間がかかります。    

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前内閣官房参与・田坂広志氏の講演(2011年10月14日)

 むしろ、原子力推進の立場に立っていた一人の人間が、今、反省を籠めて福島原発事故とその影響に真摯に向き合い、原発を推進して来た国の国民として、我々がそれをどう捉え、どう考えて行くべきか、そのヒントを与えてくれる講演である。  実に良く整理された分かりやすい話に感服。  一人でも多くの人に聞いていただきたい話である。原発推進派も容認派も脱原発派も反原発派も・・・。  一時間程かかるが、その価値は充分にあり、あまりある。  最後に、「国民の賢明な判断を信頼する。言い換えれば国民の叡智を信頼する。そこからこの国の真の改革が始まる。」と結んだ所が感慨深い。

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青島広志コンサート&トーク~4大テノールの饗宴

 友人が出演するコンサートの宣伝を少々。  歌う弁護士とか歌うドクター等々、多才な友人が多くいて、楽しませて貰っているが、今回は歌うドクター。  中学・高校時代、課外活動で音楽部に所属し、歌の魅力にとりつかれ、大学の医学部に進んでもその情熱は冷めやらず、自ら学内合唱団を設立すると言う熱の入れよう。  現在の本職は脳神経外科医であるがまだ歌っている。(笑  長年にわたる地域の救急医療への貢献が評価され、先頃、本年度の厚生労働大臣賞を受賞した熱海の所記念病院の院長として、プレーイングマネージャーの激務をこなしながらも、尚も、オペラへの情熱を捨てきれず、青島広志氏の主催する青島広志コンサート&トーク~4大テノールの饗宴への出演も今や恒例となった。  ドラマティックテノールとして4大テノールの一角を担うのだが、青島氏の解説によると、ドラマティックテノールは日本人では希少とのこと。  毎年、押し迫った11月に開催されているが、青島広志氏の軽快且つ分かりやすい音楽解説との共演は楽しみな行事の一つである。今年は11月18日に開催される。一見の価値ありと言うより必見。  また、クリスマスの時期には、自身の病院内で、入院患者向けにコンサートのサービスも行っており、患者さんたちにも愛されるドクターである。  青島広志コンサート&トーク~4大テノールの饗宴  11月18日(金) 19:00開演(18:30開場)  カワイ表参道 コンサートサロン パウゼ  入場料:3500円(ドリン…

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映画「エクレール・お菓子放浪記」

 9月11日の昼前、知人から電話が入り、今夜、お菓子放浪記の試写会があるから出て来いとのお誘い。  「ええっ!きょう?」急な誘いに一瞬戸惑ったが、好きな映画がただで見れるなら、こんないい話はない。原作者の西村滋は四半世紀ほど前、沼津に住んでいて、一緒に反戦運動をやった仲だ。それにサイン入りの初版本をプレゼントしてもらい、どこかにしまってあるはず。確かその頃、テレビの連ドラにもなっていた。断る理由はなかった。その後、静岡に転居され随分と久しい。  四半世紀ほど前に、7万2千余筆の署名を集め、沼津市議会に対し、「非核都市宣言」を採択するよう請願したのだが、その時の運動母体・「さよなら核兵器の会」の代表になってもらった人物である。あれは見事に失敗であった。7万2千余の市民の気持ちは無残に踏みにじられ、こともあろうに市民の請願でなく市長提案に切り替えられ、その上請願の目的まで、「非核」でなく「核兵器廃絶と平和都市宣言」にすり替えられてしまった。市民の請願は門前払いとなり、市長提案で1987年3月、その前年のチェルノブイリ原発過酷事故が起きたばかりにもかかわらず、態々「核兵器」に限定されて採択され、この件はジエンドにされてしまった。そして今年の福島第一原子力発電所の事故・・・。市内のあちこちに建つ「核兵器廃絶と平和宣言都市」のモニュメントは、今もって私にとっては運動の敗北の象徴であり、当時の市長の抜け駆けの証拠でしかない。  西村滋って、どんな人?って訊かれれば・・・う~ん、そうだなあ~・・・…

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展望なき原発と決別を!!!

 9月7日付読売社説・「エネルギー政策 展望なき脱原発と決別を」に反論を試みる。  社説と書いてあるが、中身はアジビラである。笑止千万で捨ておけば良い低レベルの記述ではあるが、中身は兎も角、一応、世界一の発行部数を誇る読み物に記載されているものであるので、その影響を考えると捨ておけない。  殆ど現実を見ることができず、全てを自分に都合よく解釈してしまう独善的人物が、妄想を記述したものと見てとれる。  先ず、タイトルからしていただけない。「展望なき脱原発と決別を」と書いてあるが、この世に展望のない状態を作り出しているのは原発そのものである。  兼ねてより、原子力発電の危険性を多くの人たちが訴えてきたが、それより多くの人たちが、いつかは枯渇するであろう石油に代わる「第三の火」として、原子力はクリーン且つ安全なエネルギーを限りなく人類にもたらしてくれるものと幻想を抱き、原子力発電を推進してきてしまった。しかし、3月11日の東日本大震災をきっかけとする福島第一原子力発電所の原子力災害は遂に取り返しのつかない事態を招いてしまった。事故はいまだに収束の目処すら立たず、今後、何十年にも渡って人の住めない放射性物質に汚染された広範囲の土地を福島に作ってしまい、計らずも、兼ねてより指摘されていた「核分裂反応は、人類には制御し難いものだ」と言う事実が証明されてしまった。5年後10年後に多くの人たちに放射能障害が発症することが懸念されている。放射能の健康への影響はどれほど長期に渡るか想像すらつかない。日…

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行政の想定する災害の規模(例えば沼津市の場合?)

 6月21日の沼津市議会定例会一般質問において、沼津市の栗原裕康市長は、「福島の事故を理由にして原子力の平和利用の動きを止めてはならない」という考えを明らかにした、と新聞に報じられていた。良識ある人間ならば誰もがぎょっとする発言である。  沼津市と言えば、鉄道高架化一本やりの行政で、肝心の住民サービスが、周辺他市町に比べ疎かになりがちなため、市民の流出の止まらない街として、この周辺ローカルでは有名であるが、肝心の沼津市はそれに気づいていない。  県東部の中核を自認し、周辺市町を吸収して政令指定都市を目指すも相手にされず、目標を下方修正して中核市を目指すも、これもまた目処はない。このご時世に膨大な借財を抱えているにもかかわらず、その借金を更に増やそうと言う、前時代(昭和)の博物館的構想に囚われている裸の王様であるのだから、周辺市町に愛想を尽かされるのも無理からぬ話である。  実は、この街には鉄道高架化よりももっと重要なことがあるのである。いやいや、そんなレベルではない。一刻も早く対策を講じなければならないことである。  それは、狩野川左岸の第三&第四校区と呼ばれる上香貫&下香貫地区、それにその延長として静浦、内浦、西浦、戸田まで続く、山が海岸線まで迫った細長い海岸地区である。これらの地区は東日本大震災クラスの津波が来たら一飲みにされてしまう地区である。  静浦、内浦、西浦、戸田地区には、現在海岸に沿って高さ何メートルかは分からぬが小高い鉄骨製のマモル君タワーとか呼ばれている避難タワ…

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御殿場・東山湖畔にて

 先週の土曜日のこと・・・小山までナターシャ・グジーのコンサートに行く途中、御殿場に寄り道。  東山湖畔の「湖水」と言う言うイタリアンで軽く昼食。このイタリア料理店、なかなか美味かった。写真はアンチョビー味のピザ。私はやはりアンチョビーのパスタを食べたが、テーブルに置かれるやいなや食らいついたので写真は撮り忘れた。(笑  息子はなにやら3~4品ぱくついていたが、若者の食欲が羨ましい。  食後のおやつはその直ぐ近くの虎屋。  この茅葺の門をくぐると、感じの良い竹林があり、その奥に虎屋の工房がある。  羊羹の美味さには定評があるが、この甘味処のロケーションがまたいい。

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ナターシャ・グジーコンサートのご案内

 おかげさまで大盛会でした。  小山町に舞い降りた天使・ナターシャ・グジーの水晶のような歌声に多くの人たちが涙を流して感動しました。  ご協力、ありがとうございました。  3.11東日本大震災以来、心安らかなる時がない。特に原発の問題は深刻だ。福島第一原発に収束の目処が立たない限り、本格復興も見えてこない。  また、復興後も原発がある限り、同じことは必ず起きる。いや、起こす。原発事故は自然災害ではない。人間が起こすものである。原発がある限り、どんなに安全対策を講じようと、必ずや、また、同じ過ちを犯すことになる。不完全な人間のやることに絶対はあり得ない。だから、その原因である原発を全廃することは、良識ある人間としては当たり前の考え方である。また、放射能の脅威におののきながらの生活を我々に強いる権利は何者にもない。  しかし、世界には原発が無ければ経済は成り立たない。したがって豊かな生活は送れないと、人間には知恵も工夫もないとばかりに洗脳されてしまった人たちが多過ぎる。そういう人たちが多数を占める限り、政治的な手法で脱原発を成し遂げることは不可能だ。  手はない!既存の手法であるデモや集会や署名やシュプレヒコールが、あの厚顔で強欲な原発推進者たちに効果があるとはとても思えない。そして、雇用を求める原発を立地する地元の人たちに、原発立地によりもたらされる雇用に代わる雇用を生み出さない限り、更には、原発以外の発電システムを構築しない限り、脱原発の叫びが理解されることは無いだろう。手詰ま…

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大地を海を空を、次世代に引き渡すために

 第三の火  さて・・・この国はどうしたものだろう???などとデカイ口を叩ける立場にはない。言い変えよう。さて、この国はどうなるのだろう?  いまだ収束の兆しさえ見えない福島第一原発人災事故。終息の形及び時期は神のみぞ知るところであろう。この事故に関しては今のところ収束と言う文字は使えない。手がつけられない状態のまま終息と言う可能性も充分含んでいる。  困った時だけ勝手に、「神様・・・」と心の中で呟いたことは何度かあったものの、今まで神も仏も本気で信じたことはなかった。しかし、今回の福島第一原発人災事故に限っては、いくら否定しても神の存在を感じずにはいられない。  他の国とは違う。広島・長崎の悲惨な歴史を持ちながら、第五福竜丸の悲劇を経験しながら、そして、東海村の臨界事故を起こしながら、核と決別できなかったこの国の民に神が怒っているとしか思えないような事故経過である。  冷やそうにも水がない。水を送ろうにもポンプが動かない。非常用電源であるディーゼル発電機も動かない。その動かない原因も、機械を今まで動かしたことが無いからなのか、故障なのか、燃料が無いからなのかも、訳が分からない。そのディーゼルの燃料タンクは態々波にさらってくださいと言わんばかりの海際に設置してあった。やっと注水すればガシャ漏れ。漏れた汚染水は海に流れ汚染を拡大させ、或いは建屋の地下に溜まり、作業を難航させる。そして遂には、実は事故当初から炉心溶融が起きていて手の打ちようが無い状態だと。更には収束の目処も立たない原子炉…

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源兵衛川、せせらぎ散策

 一昨日だったかその前だったか、記憶は定かではないが、風の強い日だった。  三島在住の友人から携帯電話が入った。・・・あ、そうか・・・着信記録を見ればいつだったか直ぐに分かるのに、そんなことも思いつかない程、疲れているのだろうか。  「桜が散り始め、源兵衛川で花筏が見られるのも、ここ2~3日ですよ。」  そうか・・・開花したばかりと思っていたが、もう散り始めたか・・・。  そうだ、引き篭もって、震災と原発の人災のニュースを見ては落ち込んでいても仕方ない。被害に遭わなかった我々が下を向いていても何にもならない。社会の沈滞ムードをより沈めてはいけない。  気分転換に潔い散り際の桜を愛でるとしよう。  富士山の雪解け水が、三島市の楽寿園内に湧きでる。その泉を源流として源兵衛川が、三島の商店街を、住宅街を縫いながら、そして街はずれの農業用水池までせせらぎを描いて流れている。そのせせらぎの中に木道で遊歩道を整備し、市民の憩いの場が作られている。三島は水の都であると同時に、文化の香りのする街だ。鉄道高架化一本やりの隣街とは一味も二味もちがう。  去年の夏、源流から広小路まで歩いたので、今回は広小路から中郷用水まで歩いてみた。  散り際の桜に元気をもらった。  この美しい日本の文化と、放射能に汚染されていない美しい風景を、子や孫やそのまた子供の世代へと引き渡さなければいけない。それは今を生きる我々の責任…

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俺たちの夏草冬濤

 「げたばき会」の友逝く  下駄(げた)の歯が また欠けたるや 蝉(せみ)時雨  30代の初め、高校の同級生7人の飲み仲間を「げたばき会」と名付けた。早くに1人を失い、また1人亡くなった。この夏、鬼籍に入った男は、東京農大生のころからアジアや中南米に興味を持ち、「将来、現地で支援活動をしたい」というのが口癖だった。  50代半ばで子育てが一段落。JAを定年退職後、長年の夢を果たすべく、単身、タイに渡って農業技術の指導を始めた。退職金を投じて灌漑(かんがい)用の井戸を3本掘り、2本を掘り当てた。現地の喜びと感謝は言うまでもない。  面白い話を聞いた。彼の知人の日本人農業技術者が、タイの稲作農家に日本式の米作りを教えたら、秋に例年の2倍の収穫があった。ところが、翌春、その農家は米を作ろうしない。「去年、2年分の米がとれた。来年また、2年分を作ればいいさ」と言ったという。バンコクの争乱を聞くたびにこの話を思い出す。  帰国中に持病が悪化し、病院で息を引き取った。死に顔が安らかだった。好漢、山田恭輔・享年63歳。【中村隆】  上述の文章は、平成22年8月4日付、毎日新聞・静岡版のショートメールと言うコラムの記事の無断転載である。筆者は毎日新聞の中村隆記者である。中村隆記者は私の高校時代のサッカー部の二級先輩の山田恭輔キャプテンの親友であるから、やはり先輩と言うことになる。無断転載であるが、先輩は怒りはしないだろう。  記事のコピーを友人が送ってくれた。私にとっ…

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アフォガート(男が食べても恥ずかしくないデザート)

 「男が食べても恥ずかしくないデザート」と言う副題をつけてみた。と言っても、女性が食しても全然恥ずかしくないのは当然であるが。  今の時代、男女同権であるからして、男がスイーツを食ったからとて、いけないことも恥ずかしいこともないのだが、それでも嗜好品に関しては男は女とはちょっと違うんだと言う拘りはあるにはある。  昔、「巨人、大鵬、卵焼き」と言う流行語があったが、要するに、これらは子供の好きなものの代表であって、大人が「好き」と言うにはちょっと憚られたのであった。  これらと同じようにパスタやスイーツは女性の好きなものであって、男は堂々とラーメンを食い、甘いものは食わない!男は辛党だ!と言う方が、らしく見えると誤解している男たちも多かった。  そう言う日本男児の虚栄心にも似た思い違いが大きく変わったのは、多分、野茂英雄投手の恩師・トミー・ラソーダ監督の存在が大きくかかわっているのではないかと密かに思っている。  野茂が渡米したばかりの頃、その所属チームであるロサンゼルス・ドジャースのラソーダ監督のことを、日本のスポーツ紙が「パスタの好きな陽気なオジサン」と紹介していたことを覚えている。  メジャーリーグの球団の大監督と言えば男の中の男。そう言う人物がパスタ好きなのだ。日本男児がパスタが好きでいけないわけがない。  もちろんそれ以前から、当然日本の男たちもパスタを食べていたわけであるが、それにはなんとなく後ろめたさがあったに違いない。しかし、ラソーダはパスタが好きと報じられて以来、…

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大瀬祭

 桜散り初める4月4日、この静かな大瀬の内海に、奥駿河湾の海の男たちが集結する。  午前8時。まだ人気もなく船影もない静かな春の海だった。  花に舞う大瀬の山をバックに、或いは霊峰富士をバックに、勇壮な海の男たちの祭が繰り広げられる。  午前8時30分頃、大瀬の沖合いに船影が見え始める。  西浦一帯の部落を出航した踊り船が続々と来襲する。  各部落競い合うかのように、思い思いに飾り付けられた船が、女装した男たちを乗せてやってきた。  3月3日は女の子のお節句。5月5日は男の子のお節句。だから4月4日はオカマのお節句と言う訳ではあるまいが、何故かこの日、奇妙なお祭が・・・  毎年この日、各地区から女装した青年達を乗せた踊り船がこの海に集結しする。  女装した男たちは、船上で笛を吹き、鐘や太鼓を打ち鳴らし、「チャンチャラオカシチャラオカシ・・・」と囃しながら、勇み踊りと呼ばれる踊りを踊り、はしゃぎ回る。  船上で一通りお披露目が済むと、男たちは船を降り、大瀬神社にお参りする。  大瀬岬にある大瀬神社は、駿河湾の漁民の信仰を一身に集める神社。  船を降りた男たちは、供え物を奉納し、大漁と航海の安全を祈願する。  それが終わると、踊り船は大瀬に別れを告げ出航する。この後、踊り船は各部落を経由して、内浦漁港祭に参加するため三津の海に向かうのである。  私は車で先回りし…

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健全な票を掻き集めた滋賀県と、地方自治究極の一票を突きつけられた地方都市の違い

 「人口二十一万人を割り込む」  先頃、静岡県沼津市の地方紙の一面トップの見出しにこんな言葉が踊っていた。  昨年の国勢調査の集計結果が総務省から公表され、沼津市の人口が減少し、周辺市町は増加との報道。  かつては二十二万以上を数え、静岡県東部の中核を自負していた街が、隣の富士市にはとうに追い越され、なおも減少中とのことだから沼津市にとっては一大事と一面トップを飾ったのだろう。  しかし、なにも国勢調査の結果を待つまでもなく、ちょっとした感性を持った沼津市民なら誰もが推測できていた事柄。今更驚くことはない。  ああそうかと受け流すだけの人もあろうが、私は次のように因果関係を連想してみた。  今、沼津市の若い人たちの間では、「職場は沼津でもいいが住むなら長泉町」と、合言葉のようにささやかれているらしい。その理由は、私には事実かどうか分からないが、①長泉町は沼津市に比べ税金が安い。②長泉町は沼津市に比べ保育園・幼稚園等の費用が安い。③長泉町は沼津市に比べ出産費用の補助が多い、等々。要するに長泉町は沼津市に比べ子育て支援が若干進んでいて暮らしやすいと言うことらしい。言い換えれば、少子化社会への対応が沼津市よりも若干進んでいて、住民にとっては沼津よりマシな行政が行われていると判断していると言える。  片や沼津市の行政はどうかと言うと、沈滞気味の沼津市を活性化させるにはこれしかないと、今や在来線の東海道線沼津駅の高架化事業一辺倒と言う感じ。二千億円に近い金をばら撒いて、JRと土建業者を儲け…

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